初めての彼氏が御幸くんだなんて、そんなのいいのかな。
 ここ一週間ずっと思っていた。特に寝る前に、学校で御幸くんが手を振ってくれたとか、目がたくさん合ったとか、自意識過剰じゃなくて、私だけに笑ってくれたとか、そんなことを思い出しては思うのだ。
 視界には携帯が入ってくる。さっきまで御幸くんとメールしてたからか、すごく愛しいように思えた。いつも見ている携帯なのに、誰のどんな最新の携帯にも負けはしないだろう。自信を持って言える。
 明日一緒に帰ろう、だって。一緒に帰るも何も彼は寮だから、彼が私を送るだけだ。申し訳なくて断ったけれど「いや?」なんて平仮名で書かれたら断れるわけがない。




「おとなしいな」

 背の高い御幸くんが私をのぞき込んで思わず体を仰け反らせた。それを見て御幸くんは、はっはっはっといつものように笑う。
 恥ずかしくて目をそらすと、御幸くんが私の手を握ってきた。初めてだ。とても暖かい手にびっくりして御幸くんを見上げたらニカッと笑われて、つられて笑ってしまう。周りがまったく見えない。陳腐な言い回しだけど、御幸くんしか見えない。

「家、近いんだろ?」
「うん、徒歩で学校行けるくらいだし」
「…俺、歩幅でかい?」
「え、ううん?」

 御幸くんの歩幅は私と同じくらいだった。そうだ、男の子なんだから私より御幸くんの方が断然歩幅が広いに決まってるのに同じなのは、おかしい。
 わざとなんだろうなぁ。だとしたら彼はもっと私といたいと思ってくれてるからなんだろうか。
 ただの予想なのに顔が熱くなって、御幸くんは鋭いから繋いだ手からそれが伝わってそうでさらに恥ずかしかった。
 ずるいよ御幸くん、ずるいったらずるい。と、心を読まれないようにバリアみたいに思ってみる。

「何見てんの?」
「えっ」
「緊張してる?」
「…ちょっと」
「大丈夫大丈夫、家には上がらないから」
「え、あ…」
「今日はね」
「…うん」
「……うん」

 もう、どうしよう。
 御幸くんを照れさせてしまった。でもちょっと達成感みたいな優越感。
 初めて照れさせた!誰かに自慢したい!
 少し御幸くんの手に力が入ったような気がする。御幸くんは本当に私の心臓をいとも容易く操るのだ。でももしかしたら、私だって御幸くんの心臓を容易く操れるのかもしれない。ちょっと自惚れかな。ああ、ああ、なんだかとてもやりきれない。幸せすぎる。御幸くんが好き。いつもならこんな道、今日の夕飯はなんだろうとかつまらないことを考えて歩いてるのに今日は違う。よく見たらあの家の塀は綺麗だし、電柱は誇らしげで、ポスターは可愛らしい。
 恋ってすごいね、御幸くん。私、この道にいつまでもいたいよ、御幸くんと。
 それで御幸くんのことたくさん知りたいし、手もずっと繋いでいたいし、ちょっと汗の匂いがする髪の毛を撫でてみたりしたいし、ずっと目を見つめたりしたい。
 今なら何でも御幸くんに言えそうな気がする。さっきまであんなに怯んでて御幸くんには絶対勝てないと思ってたのにあれがしたいこれがしたいと思ってるとどうしてもしたくなって、私が言えば御幸くんはどんなことでもしてくれるような錯覚さえ起こっている。
 私ってこんなに欲深くて浅ましかったかな。御幸くんのせいだなぁ。御幸くんも、私のせいで欲深くなってたらすごく嬉しいな。
 何かを言おうとした。ごめんと言いたかった。御幸くんは何が何だか分からないだろうけど欲深くてごめんねって。
 言おうとしたら、それを感じ取ったみたいに御幸くんが止まって私を見下ろした。それでも先に何か言いたくて口を開いたのに、御幸くんはとても早い。

「わがまま言っていい?」

 御幸くんのことたくさん知りたいし、手もずっと繋いでいたいし、ちょっと汗の匂いがする髪の毛を撫でてみたりしたいし、ずっと目を見つめたりしたい。わがままも言ってほしい。
 「まだ一緒にいたい」と呟く御幸くんに返事はしなかった。もっともっともっともっと。何か分からないけど、御幸くん、もっと欲しいよ。


090720

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