「銀ちゃんは器用だね」
と、彼女はいつも俺に言う。料理をするときも、何かを修理するときも、仕事のときも彼女は嬉しそうにそう言うのだった。俺は自分でも不器用な方ではないとは思うが、彼女が嬉しそうに呟くたびになぜかゾクゾクする。嬉しいのか気味が悪いのかは分からないが。
ある日、朝起きると彼女がいなかった。隣で寝ていたはずだったが、いない。家中探してみたがいない。神楽に聞いてもいない。靴もない。財布もない。慌てて家を飛び出した。
心当たりのあるところにひたすら走る。空は曇りで、さらに嫌な感じだけが募った。嫌な予想しか出てこない、ああ、昨日へべれけで帰ってくるんじゃなかったと少し泣きそうになった。
しばらくすると息も絶え絶えで何故か諦めもついていた。結局俺は何も守れない。ずっと分かっていた。気づいていたけど足掻き続けた。本当は何も器用にこなせない。失うのが怖くてがむしゃらに生きているだけで、怯える割には要領よく何もこなせない。失ってからああすれば良かった、こうすれば良かったと後悔してばかりだ。あいつが俺から離れて行ったのも当たり前だ、と思う。またなくした。もう嫌だ。
「銀ちゃん!」
彼女の声に素早く顔を上げると、俺を見て焦ったような彼女が走ってやってきた。整わない息と連動して涙が出そうになった。何時間ぶりかの彼女はとても愛しい。彼女は本気で心配しながら俺に近づく。
「どうしたの?大丈夫?どうしたの?」
「…お前、どこ行って…」
「え?わ、私は卵が切れてて、しかも今日安売りだったから…」
「……」
そういえば、テーブルの上にチラシがあった気がする。何てバカだ、俺は。無駄に焦ってこの様だ、かっこ悪ィ。
何時間ぶりかの愛しい彼女を抱き締めると、彼女は面白いくらい焦った。
「え、ちょ、銀ちゃん?どうしたの?」
「…ビビった」
かっこ悪いとは分かっていたが、言わずにはいられなかった。言い訳みたいなもんだ。俺は誰かをなくすのが怖い。焦る。嫌だ。お前がいないとすぐに怖くなる。焦る。嫌だ。走りながらひたすら後悔した自分を思い出して、彼女を離そうかと思った。でも抱き締められずにはいられない。ああ、俺は、本当に、いつまでたっても、
「器用だねぇ、銀ちゃん」
嬉しそうに彼女は言った。
馬鹿、俺が不器用なのはお前が一番知ってるだろーが、臆病者で怖がりってお前が一番知ってるだろ、何が器用だ、俺は何も器用にできちゃいない。
「すぐ私を見つけちゃうんだもん、器用だよ」
そういう彼女は俺を器用に救う。ほんと、すげぇよ、お前。
「銀ちゃん、美味しい卵焼き作ってよ」
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