今日はうるさくて鬱陶しくてイライラするあの先輩に会ってないな、と頭の隅で考えたのは五限目の途中だった。外では雨が遠慮がちに地面を濡らして窓を叩き、教室中の頭を垂れさせていく。俺は特には眠くなかった。あの先輩はきっと寝てるだろうな、とふと思う。忍足さんが「あいつが起きとる日なんかほとんどあらへんで」と言っていたのを思い出した。まぁ俺には関係のないことだ。
 黒板を埋めていく文字と同じリズムでノートを埋めていく、黒板が間違える、俺も間違える、黒板が文字を消す、俺も文字を消す。文字を消そうと消しゴムを見れば、見慣れたような字で「若すき」の文字がでかでかと消しゴムにかかれていた。いつの間に。というかもう嫌がらせじゃないだろうか、これ。帰りに新しい消しゴムを買わなくてはならない。ため息をついて先輩を思い出した。そういえば「若は勉強ばかりだから楽しみをプレゼントしてみたよ!」とか意味の分からないことを言っていた気がする。このことだったのか。どこが楽しみなのか。ため息しか出ない。
 窓に目を向けると、窓にうつった近くの女子が先輩に見えてびっくりした。あの人なら俺たちの授業に参加し「若と授業受けたかったの!」とへらへら答えそうだと思った。ちょっとドキッとしたのも事実だが、寒気がしたのも事実だった。


 五限目が終わって休み時間、クラスメイトたちが「寝てたわー」「俺も」などと会話を交わしていく。次の授業は何だったかと考えていると、後ろから何かが飛び付いてきて危うく机とぶつかりそうになってこらえる。

「若、若、久しぶり!今日初めてだよね?あのね、今日ね、会いに来ようとしたらことごとく邪魔されてね、会いたかったよー!若の頭久しぶりー!わしゃわしゃー!」
「っどけ!」

 振り払うと、案の定ニコニコ笑った先輩が俺を見ていた。改めて見ると、授業中に見間違えた女子とは全然違う。そうこうしている間の周りからの視線がうざったい。この人がこうやって俺にじゃれるのも珍しくないだろうに、好奇心は薄れることがないらしい。女子特有の笑い声が耳についた。先輩はこんな笑い方しない。というかできない。絶対。

「久しぶりー」
「昨日も会いました」
「でも今日は初めてじゃないか!」
「それが何なんですか」
「嬉しくない?」
「嬉しくない」
「えーでも若、私を呼んだでしょ?」
「は?」
「あれ?呼んでない?」

 呼んでねぇよ、呼ぶわけがねぇだろ。いつも以上に電波な先輩を見つめて、少し前を思い出す。たしかに先輩のことを考えていたが呼んではいない。断じて。

「おかしいな…」
「おかしいのはアンタの頭でしょう、早く帰らないと遅れますよ」
「ちょっとくらいいいよ」
「よくない」
「若は真面目だなぁ」
「あ、それと、消しゴム」
「気づいた?可愛いでしょ」
「嫌がらせはやめてください」
「どこが嫌がらせなの!愛だよ、愛」
「どこがですか」

 消しゴムを渡すと、「若から愛もらった!」とはしゃぐから返してもらおうと思ったがやめた。めんどくさいし鬱陶しい。
 窓に目をやると、雨脚がさっきより強くなってる気がした。傘をさしても濡れそうだ。

「雨すごいね」
「…帰ってください」
「傘ない」
「そうじゃなくて、教室に」
「傘ないよ若」
「…貸しますから」
「やったー!若と相合い傘だ!」
「誰がそんなこと…」

 言う前に、先輩は走っていった。嵐のようだ。葉が揺れるようにまた回りの女子がクスクス笑う。あぁ、そういえば、先輩に消しゴムをあげてしまったから次の授業は一度たりとも間違えられない。そう考えると急にだるくなって、久しぶりに授業中に寝た。なかなか気持ちがいい。先輩の気持ちも分からなくもないが、ムカつくから先輩の気持ちなんか全部分からないふりをしてしまおうと思う。


091205

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