※土方さんが情けない
トシには好きな人がいた。沖田くんのお姉さんで、武州にいたころからの仲で、綺麗で、おしとやかで、優しく、病気で、トシとはすれ違ったまま死んだ。と、私が初めてトシに聞いたのはその沖田くんのお姉さん、ミツバさんの葬式が終わってから一週間後だった。
トシからしばらく会えないという連絡をもらい、そうして久しぶりに会ったと思えばこの話だ。私がしばらく屯所にこない間にいろんなことがあったらしく、たしかにいつもの活気も弱っているように感じる。
目の前のトシは話し終わるや否や黙り込んでしまった。黙られても、という感じだった。何だか壁の向こうの話、という感覚で鈍くなってよく分からない。
「つまり、私は、ミツバさんの代わり…だったの?」
泣きたかったのかは自分でも分からない。事実を聞いても実感はあまりなかった。ただトシのいつもと違う申し訳なさそうな様子が不自然で嫌だった。
「…分からねぇ」
「それは、ずいぶん勝手な」
一人の女性のためにそんなに傷だらけになってるのに、尚も私と比べるのを躊躇ってるみたいだった。トシはとても勝手だと思う。私に、しばらく会えないって言ったのは私とミツバさんの違いがはっきり分かるからじゃないだろうか。
悔しいと思った。隠していたトシが憎らしいと思った。勝てない自分が情けないと思った。
「お前も俺の生活の一部には変わりなかった」
「私、も」
ミツバさんも、か。
目も合わせようとしないトシにムカついた。謝りたいのか、私と縁を切りたいのかはっきりしてほしい。私はミツバさんの代わりなんて、トシの二番目なんて、真っ平ごめんだ。
「…別れる?」
「……お前が決めろ」
「なに、それ」
「…分からねぇ」
また分からねぇ。こっちだって分からねぇよ。何なの、私は、トシの生活の一部って、何だったの、性欲処理機だったの、別れたいの、別れたくないってうぬぼれていいの。
泣きそうになって、この、ミツバさんへの思いがこもったような空気のこもった空間から逃げたくなって立ち上がった。
「代わりなんて、冗談じゃない」
トシを睨み付けると、トシはやっと私と目を合わせて何とも言えない表情をして言った。俺もどうすればいいか分からない、とでもいうような声色だった。
「冗談じゃねぇんだ」
私はトシの一番になれないのだろうか。
涙が溢れてしゃがみこむ。きっとミツバさんがトシの一番で、私は二番で、ミツバさんがいなくなったから私がくりあがって、トシは私と別れることを躊躇ってて、でもきっとトシは優しいから私がそれじゃ嫌だと分かってるから私に決めさせようとしてて、でも、本当は、ミツバさんが一番で、ミツバさんがトシの隣にいるべきなんだ。
言葉も出なくて泣きじゃくっているとトシがゆっくり私を抱き締めた。いつもタバコ臭い服がそこまでタバコ臭くなくて、何かが変わったと思うと涙が止まらなかった。
それこそ全部冗談だと言ってほしい、ミツバさんのことも、私のことも、最初からなかったことにして一からやり直したい。あぁでもあのキスもセックスも全部リセットするのは勿体ないかな。リセットはしたくない。
別れたくない、と言おうとしたらトシが耳元で低く呟いた。
「俺と、別れるか?」
俺は別れたくないと言うような含みがあった。悔しい、悔しいけどトシの腕に収まってたらどうでもよくなった。時間が解決してくれる、きっと。
前向きな私がトシの肩越しに前を向くと、テーブルの上にトシが持つとは思えないようなポーチがあった。遺品かもしれない。まずはこっそりあれを捨てよう、と決心した。
091128