橘が、水族館に行かないか?と行ったときは本当にびっくりした。なんか似合うような似合わないような、というか何で水族館?私そんなお金ないよ?まさかおごり?ってゆーか橘とデートでそんな今時のカップルらしいとこ行ったことないから、橘が率先してそんなとこ選んだのかと思うと違和感マックスだった。博物館ならまだ分かる。

「妹が券を貰ったんだが、行く暇がないらしくてな」
「あぁ、杏ちゃんか。神尾くんと行けばいいのに」
「いや神尾に誘われたらしいんだがな。予定が合わなくて、だったら俺たちにと杏が貰ったらしい」

 …可哀想に神尾くん。
 確かに橘が水族館なんてチョイスするわけない。橘は「行きたくないなら他の奴に譲るが、どうする?」と聞いた。行きたくないわけじゃないが、橘はどうなのかと気になった。橘は私にあわせてばかりな気がする。そこが優しくていいところなんだけど、内心どう思ってるのかいつも隠してるようで少し嫌だ。けれどいつも突っ込んで聞けない私も嫌だった。
 とりあえずタダだし、というわけで行くことになった。水族館なんて何年ぶりだろうか。

 大きな水槽の中にたくさんの魚が流れていた。泳いでいるように見えなかった。隣にいる橘を盗み見ると、少し満足そうな顔をしていた。楽しそうだけれど、私は何だか気分が晴れない。水槽の中で、上から何かが降ってきた。橘が「餌みたいだな」と呟いた。餌。

「…なんか、ずるいね、自然を見せ物にして」
「ん?」
「自分たちが追い込んだのに保護だ何だのって飼って、それで見せ物にして儲けて、ずるい」

 魚たちが嫌々泳いでいるように見えた。私たちのために不本意ながら、泳いでいる。流れているのと一緒だ。餌なんておこがましい、人間に何の権利があるんだ。魚たちが可哀想だ。こんな薄暗くて、海には程遠いくらい狭くて息苦しそうなところで生きるのは、辛いだろうに。

「水族館、嫌いだったか?」
「…ううん、ごめん。なんか、ちょっと思っただけ。橘はどう思う?」
「俺か?…そう、だな。人それぞれだと思うが」
「…そっか」
「喉渇かないか?買ってこよう」
「うん、じゃあ、お茶」
「分かった」

 橘は笑って、私の頭をお兄ちゃんのように撫でてから「そこに座ってろ」と言った。橘に気をつかわせてしまった。当たり前だ、急に持論みたいなこと言って空気読めないにも程がある。大人しく綺麗だね、とでも言えば良かったのに。
 それにしても橘にはまたはぐらかされてしまった気がした。いつも自分より他を尊重するから私が何か言うと「人それぞれ」と答えることが多い。確かにそれも分かる。けれど、私が聞きたいのは橘自身であって、納得しないのだ。優しくてすごいとも思うけど橘自身をよく知りたい。いつも橘にわがまま言ってるからか、そういう内面に踏み込むようなわがままが言いにくかった。
 大きく息を吸い込む。閉鎖的な水族館の空気は体に悪そうだけど、ここなら何でも言えそうな気がした。
 橘が戻ってくる。

「緑茶と烏龍茶、どっちがいい?」
「橘は?」
「どっちでもいいよ」

 まただ。
 じゃあ緑茶、と橘が好きそうな方を選んでも橘は快く緑茶を差し出した。優しすぎてもどかしい。

「ねぇ、橘は水族館って傲慢な場所だと思う?」
「今日はそれにこだわるな」

 橘は困ったように笑った。ちょっとムカついて、口調が強くなる。

「違う、橘の意見が聞きたいだけ」

 水族館がどんな場所だろうと実際どうでもいい。ただ、橘がどう思うかが知りたい。それだけ、なんだけどやっぱりわがままかと思ってなかったことにしようとした。すると橘が隣に座る。びっくりした。

「確かに、少し傲慢かもしれないな」

 心臓がどくどくする。橘と同じ意見だ、ということにか、橘の意見だから、ということにかは分からない。でも確かに言い表せないくらい、どくどくと心臓が動く。少し怖い。

「けれど俺は、保護されずに死んでいってほしくないと思うぞ」

 ああもうどんだけ優しいんだよ橘。
 目が合って恥ずかしくなったから緑茶を飲んで誤魔化した。なんだか不味い。「やっぱり烏龍茶がいい」とわがままを言うと橘はいつも通り笑って「はいはい」と交換してくれた。

「お、そろそろイルカのショーが始まるみたいだな」
「行く」
「あぁ、行こう」

 水族館は傲慢だ。そんな傲慢な場所を思い切り楽しもうとする私も傲慢だ。いや、でも聞いて、橘にしてみれば私のわがままなんかどうってことないんだから傲慢だろうが何だろうか関係ないんだよ私の中では。橘が私の傍にいてくれるならそれだけでいいんだよ。優しいから橘はきっといつまでも離れてくれないにちがいない。

 ってゆーか橘、傲慢ってなんだっけ。あんたのせいで分かんなくなっちゃったよ。
 でもまぁ、いいか。

091115

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