三年生になって初めて同じクラスになった手塚くんは、三年生になって初めての席替えで隣になった。隣にいるだけですごい威圧感と存在感で、極普通の、たまに男子と話すくらいの、そんな普通の女子である私にはものすごいプレッシャーのようなものがかかった。それが怖いとかじゃなく、ただ、その感じが私には精神的にも肉体的にも大きすぎると思った。
 いろんな女の子が私を恨むように見ているような気もしたり、私なんかに手塚くんは靡かないだろうとバカにされているような気もして、勝手に顔が青くなったり赤くなったりした。
 手塚くんはいつも暇なときは本を読んでいる。細くて長い指が静かにページを捲っているのを、私は次の授業の用意をしながら、或いは友達と喋りながら気配を感じ取っていた。そんなのだから私は今までに一度も彼とは話をしたことがない。
 ある日、手塚くんが大石くんに呼ばれ、読んでいた本を無防備に机の上に置いたとき私は咄嗟にそのタイトルを盗み見た。短いタイトルだったからすぐ覚えれたけれど読み方はいまいち分からなかったし、書いた人の名前なんかも覚えてない。でもその題名だけ覚え、家でパソコンを使って書いた人の名前を調べて次の週に図書室へ行こうと思った。
 どうして私が手塚くんが読んでいた本を読もうとしたのかは、本当によく分からない。ただ題名を盗み見てしまったからその本を読まなきゃいけないと何故か思ったのだ。恋かもしれない、と期待した自分もいたけれど手塚くんは容姿だって性格だって成績だって運動神経だっていいから、それに自分が惹かれたのかもと思うと嫌な気がした。話したこともないのに、そういう噂やうわべで恋をするのは、嫌だと思った。それだったら尊敬や憧れみたいな感情の方が美しい。
 そうだ、私は手塚くんに憧れてるんだ。

 放課後の図書室は静かで、傾いてきた夕日が目一杯注いで少し暑かった。今まであんまり活用しなかった図書室でも小説のコーナーはすぐに見つけれた。五十音順に並べられた本を目で追って、お目当ての本を探す。
 あった、一番上に。
 届きそうもなかった。こんなに近いのにもどかしい、まるで私と手塚くんみたいだ。手塚くんは高いところにいて、私はどうしても届かない。これはこれで運命だったんだ、と未練がましく本を睨みながら諦めようとしてると少し上から少し聞き慣れた声が聞こえる。

「どれだ?」
「手、塚くん」
「届かないのなら、取るが」
「あ、うん、ごめん、ありがとうっ、一番右のやつ、が、ごめん」

 焦る焦る焦る。夕日が制服を焦がしていくのと顔が熱くなっていくのが分かった。手塚くんはあの長い指で簡単に私がいった本を取る。題名に気づいたのか、一度表紙を見てから私に向いた。渡しながら言う。

「この作家のものをよく読むのか?」
「え?」
「いや、あまり有名ではない作品だからな」
「あ、えっと、」

 背中が汗まみれだろうな、と思った。相変わらず上昇し続ける拍動と体温に口がついていかない。何か答えないと、と焦れば焦るほど言葉が「えっと、」とかの言葉で口から逃げていった。ダメだ、私は全然ダメだ、手塚くんと全然違う。

「手塚くんが、読んでたから」
「俺が?」
「ごめん!」

 何でか大声で謝った私は、本を握りしめてカウンターに走って借りてもない本を返却ボックスに入れた。駆け足で誰もいない廊下を走りながら、私はダメだ、全然ダメだ、と泣きそうになった。いや、泣いた。教室には誰もいなかったら机に伏せてけっこうな時間泣いた。誰も来ない誰も慰めない本もない私には何もないと思った。
 気づいたら暗くなりかけてて、目を擦りながら私はまた図書室に行った。やっぱりあの本を読もうと思う。図書室には司書の先生しかいなかった。当たり前か。返却ボックスに入れっぱなしだった本を掴むと、窓の下からテニスボールを打つ音がして恐る恐る窓の外を見る。
 テニス部がたくさんいる中で、すぐに手塚くんが目に入ってまた熱くなって泣きたくなった。私は手塚くんみたいになれない。分かりきっていたけれど。
 本を折り曲げるくらい握ったら、手塚くんがこっちを見た。動けなくなって、何秒か見つめあった後に手塚くんがこっちに歩いてきた。嘘、なんで。

「手塚くん、ごめん!」

 二階から謝る私はきっとおかしい。だって上から見下ろして謝ってる。手塚くんを見下ろしてる。
 手塚くんは私を真っ直ぐ見つめて、言った。

「何故謝る?」
「だって、取ってくれたのに」
「そうか」
「ごめんなさい」

 また泣きたくなった。私は何なんだろう。手塚くんは怒ってるんだろうな。私には何もないから。空っぽだ。泣きたくなったのに涙も出なかった。

「いや、気にしてはない」

 手塚くんはそう言うと時計を見て、もう一度私を見て言った。

「…最近はすぐ暗くなる。危ないからもう帰った方がいい」
「え、あ、う、うん」
「また明日」
「あ、また、明日」
「あぁ」

 時間にして一分足らず。手塚くんが背を向けてから私はしゃがみこんだ。足がとても震えて、立てなかった。でも本を握る力はどんどん強くなっていく。
 憧れの手塚くん、やっぱり、これは恋でした。
 帰って借りた本を読んだら恋愛小説だった。お堅いものだったけど、全部読みきった。読みきった瞬間に手塚くんが頭をよぎって、なんだか満たされて、その日はぐっすり寝た。
 よし、頑張ろう。


091111

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