静雄がナマエの携帯と自分の携帯を間違えて持ってきたことに気づいたのは俺と昼飯を食べようとしているときだった。確かに、携帯を開くと待ち受けが違った。以前鍋パーティーをしたときに撮ったとナマエが言っていた待ち受けで、首なしライダーとナマエが写っている。

「あー社長がナマエにお前とお揃いに支給したんだっけか」
「ナマエから着信ないし、ナマエも気づいてないんだと思います」
「あいつ今日休みだっけ?」
「大掃除するっつってました」
「へー」

 夫婦みたいだな、と思いながら笑った。静雄はナマエの携帯を閉じたまま、手で何をするでもなく触っている。コーヒーを飲みながら静雄に聞いた。

「連絡しねぇのか?」
「…勝手に触っていいんすかね」
「しょうがねぇだろ、この場合は」
「…」

 そうは言っても静雄は迷っていた。携帯のメモリや履歴を隅々まで見るわけでもないというのに真面目なやつだと思う。まぁナマエなら携帯見たって怒らないような気がするし。静雄もそう思っているだろう。ただ、モラルというか、変なところで真面目だから迷っているのだ。

「早めに連絡しねぇとナマエだって困るんだぜ?電話帳見なくたって着信履歴とかからお前の携帯に電話すりゃいい話だしよ」
「そ、っすね」

 覚悟を決めたように静雄はナマエの携帯を開いた。いつもなら片手で乱暴に開けるくせにナマエの携帯だからか、右手で携帯を握って左手で丁寧に開けるから笑いそうになる。同じ携帯ということもあって静雄は迷いもせず着信履歴のボタンを押した。そして一瞬固まる。

「…どうした?」

 ナマエならそんなことはないとは思うが、他の男、それこそ静雄の天敵でありナマエの元彼の折原臨也の名前でもあったのかと静雄に声をかける。すると静雄は照れくさそうに呟いた。

「いや、俺の着信ばっかりで…」
「…まぁ、そりゃな」

 心配して損した。いや、ナマエに限って有り得ないとは思ったが。
 ホッとしていると静雄は照れくさそうな顔とは打って変わって静かに呟く。

「なんか、俺ばっかりなんスよね」
「? 何が?」
「着信もそうなんですけど、俺ばっかりナマエを頼ってるっつーか、飯もそうだし家事だってナマエがするし、っつか、なんか、俺ばっかりナマエが好き、みたいな…」
「俺から見ればナマエも十分お前のこと好きだと思うけどな」
「いや、ナマエが俺のことを愛してないとかじゃないんスけど、なんか、俺ばっかり…すんません、説明下手で」

 静雄はそう言うと頭をがしがし掻いた。開きっぱなしの携帯の光が消えたのを見て、俺はまたコーヒーを飲む。分からなくないこともないようなないような。
 ほんと、とことん惚れてんなぁ。

「ま、お前の言うことも分かるけどよ。そんなに心配することでもないと思うぜ?」
「…」
「とりあえずナマエに連絡しろよ」
「…っス」

 こりゃ納得してねぇな、と思いながらも静雄を促した。静雄にとってナマエは初めてともいえる「愛してくれた人」だ。付き合うときもそうだったが、失うことが怖いのだろう。強いくせに臆病だ、ナマエが言うのも分かる。
 気づくと静雄は携帯を耳に当てていた。俺はポテトを食べながら横目でそれを見守る。

「…ナマエ?…だよな、俺もさっき気づいた」

 ふ、と静雄は笑った。おーおー、恋してんなぁ、とからかいたくなるような笑顔だ。

「いや、いいよ。今日休みだろ。…今はマックだけどよ、トムさんと…いや、まじでい…、…悪ィな」

 静雄の相槌から、ナマエが携帯を交換しに来ることが分かった。静雄は少し言葉を交わして電話を切り、開けたときと同じように丁寧に携帯を閉じた。

「来るって?」
「はい、ついでに買い物するらしくて。多分嘘だと思いますけど」
「分かんのか?」
「何となく。そういう奴だし」
「確かになぁ」

 ふと考えたのは、この携帯に静雄に見られたくないデータでも入っているのか、ということだった。ナマエが静雄に対しての秘密を持ってないとは思ってはいないが、その内容によってはこの二人を引き裂くことになるのだろう。
 ナマエを疑いたくねぇしそんな奴でもねぇけどな、とその考えは一蹴したら静雄がまた弱々しく呟いた。

「たまに不安になるのって、やっぱナマエを信じきれてないんスかね」

 その言葉に二人のすべてを知っているわけでもない俺が何かを言うわけにはいかなかった。コーヒーを飲みながら「どうだろうなぁ」と答える。考えたらこいつらが出会って一年も経っちゃいねぇんだし、いい方向にしろ悪い方向にしろ決めつけるのは馬鹿らしい。

 20分くらいして、ナマエはやってきた。俺たちのところへ来るとナマエは俺に「お疲れ様です」と一礼した。おう、と返すとポケットから静雄の携帯を取り出す。

「悪ィ」
「ううん、今朝携帯渡したのは私だし」

 会話が夫婦だ、と見守っていると携帯を交換したナマエが静雄をバッと見上げた。

「中、見た?」

 おっと。
 ナマエからまさかのそんな台詞が出るとは思わず、見守っていた俺はナマエを凝視してしまった。パッと静雄を見るとどこか焦っているように見える。

「電話するときに着信履歴だけ、見ちまったけど」
「そっか」

 おいおいおい。
 これは主観だ、あくまでも主観だが静雄が「俺に知られたくないもんでも入ってんのか…?」という顔でナマエが「見られなくて良かった」という顔をしている。
 口を出すまいと思っていたが、今からの仕事にも影響しそうだと俺は口を挟んだ。

「なんか見られたくないもんでも入ってんのか?」
「え?」
「いや、ナマエがそんなこと言うのは意外だったからよ」
「私にも秘密くらいありますよ?」
「…まぁ、だよな」

 どうやら聞き出すのは難しいらしい。静雄を少し困ったような顔をしていた。ここまでくるとお節介かもしれないが、静雄に席を外して貰おう。

「静雄、コーヒー買ってきてくんね?」
「あ、はい」
「私行きますよ?」
「ついでにナマエの分も何か」
「っス。お茶でいいんだろ?」
「あ、うん、ありがとう」

 多少強引ではあるが静雄を追い払った。ナマエは失礼します、と俺の向かい、さっきまで静雄がいた場所に座った。いつ静雄が戻るか分からないので単刀直入にナマエに言った。

「秘密って俺にも教えれねーこと?」
「…トムさんが私の秘密知りたいなんて珍しいですね」
「そうか?」
「教えれないっていうか、静雄にも別に教えれないことでもないんですけど」
「は?」

 言いながらナマエは携帯を取り出し、何かの操作をし始めた。その間に俺はナマエがブログやってるとも思えねぇしなぁ、などと考えを巡らせる。

「これですよ」

 そう言ってナマエは携帯の画面を俺に向けた。光が反射してよく見えなかったが、金色の髪の毛をした奴の写真ということは分かったのから目を凝らす。明らかに静雄で、しかも静雄は眠っていた。要するに静雄の寝顔の写メだった。

「私、静雄の寝顔好きなんですよね。綺麗ですよね」
「これか…」
「? はい。静雄に教えてもいいけど、恥ずかしがって消されたりしたら嫌だなって思って」
「…」

 これこそ杞憂だな、静雄、心配しなくてもお前らお似合いだよ、笑えるくらいな。
 すぐ静雄が二つの飲み物を持ってやってきた。ナマエの隣に座った静雄は、呆れて笑った俺に「どうしたんですか?」と聞く。

「お前ら幸せになるんだろうなぁ」

 と笑いながら言ったら目の前の二人はきょとんとした顔を俺に向けた。ナマエが「まぁ、幸せですけど…どうしたんですか?」と言ったら静雄が少し驚いたようにナマエを見た。そしてすぐに口元を押さえる。あーあ、嬉しそうにしちゃって。ナマエの秘密はまだ教えてやんねー、と思いながら静雄に笑ってやったら恥ずかしそうに目をそらされた。二人の可愛い後輩に幸あれ。

100916


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