仕事から帰って部屋の近くになると、いい匂いが漂ってきた。和食か洋食かで言ったら和食だ、と思うと同時にナマエの料理している姿が浮かんできて一人で笑いそうになる。俺は部屋に鍵をさして回し、ドアを開けた。予想通りナマエが料理をしていて、しかも和食だ。笑うと、「? おかえり」とナマエも笑ってくれる。

「すっげーいい匂い」
「今日は気合い入りすぎて時間かかっちゃったから、もうちょっと待ってください」
「今日なんかあったっけか」
「え?別に?」

 けろっと言うナマエにまた笑い、サングラスとネクタイを外してテーブルに置いた。テレビをつけてニュースの天気予報をBGMに声をかける。

「あとどのくらい?」
「あー20分くらい、かな。お腹すいた?」
「ちょっと」
「プリンあるよ」
「食う」

 冷蔵庫の中ーと言われたから冷蔵庫を開けるとプリンが5つほど置かれていた。全部種類が違って迷ってしまう。

「お、これ俺が好きって言ったやつ」
「どれ?」
「これ」
「え?それ私が好きって言ったやつだよ」
「は?」
「は?」
「…」
「…」

 ピーと冷蔵庫が閉めろと音を発したからとりあえず冷蔵庫を閉めて再びナマエを見ると、ナマエは笑っていた。

「どっちでもいっか。美味しいよね、それ」
「おう。これのでかいやつ出てたぞ」
「本当?買いに行かなきゃ」
「あ、そういえば洗剤、買ってきた」
「ありがとー、置いといて」
「ん」

 洗剤を適当な場所に置き、スプーンを掴んでプリンのビニールを開けた。するとちょうどナマエが料理を運んでくる。

「20分もかからなかった」
「だな」

 応答しながらプリンを食っていると、ナマエが俺を見つめる。見るからに食いたそうな顔をしていた。

「食うか?」
「うん」
「おら」

 ナマエの口にプリンを入れてやると、ナマエは美味しい、と笑う。つられて俺も笑い、二口目も口に入れてやった。
 ナマエが笑ってくれるのが嬉しい。自分がこんなに幸せに近いとは思ったことがなかった。今まで幸せじゃないと思ったことは少ないが、それでもこんなにも幸せが「近い」のは初めてだ。幸せだ、家に帰ればナマエがいる、振り向けばナマエがいる、ナマエがいる限り俺は幸せだ。

「今日の飯、何?」
「煮物とか豚汁とか。食べたいものを作ってみた」
「美味そう」
「食べてからまた褒めてね」

 いたずらに笑って、ナマエはまたキッチンへ行った。ナマエの料理は美味いし、俺は意図しなくても必ず「美味い」という。帰ったらナマエがいて、好きなプリンを食って、美味い飯も食える。俺の幸せはどこまで伸びるのか分からない。
 俺がこんなに幸せでいいのかとナマエの姿を見ながら考えた。ナマエなら「いいに決まってる、むしろダメな理由が分からない」と言うに違いない。パッと浮かんで笑った。次の料理を持ってきたナマエが笑っている俺を見て問う。

「ニュースがそんなに面白い?」
「ナマエ、俺がこんなに幸せでいいのかな」
「いいに決まってるよ、ダメな理由なんかないじゃない」

 堂々というナマエにまた笑う。ちょっと違ったけど俺が想像した答えと同じと判断してもいいだろう。

「だからナマエが好きだ」
「何ですか、急に」

 ナマエが敬語を使うのは照れたときだ。髪をいじったり指をいじったりするのは少し怒っているときで、笑うときは素直に喜んでいるときだ。ナマエは愛想笑いをほとんどしない。靴を履くときは左からで、飯を食うときは必ず「いただきます」を言って食い終われば「ごちそうさまでした」をきちんと言う。俺まで言うようになって、トムさんにからかわれたことを思い出した。「お前たち似てきたな」とトムさんに笑われたとき、なぜかとても嬉しかった。俺とナマエが似ているところなんて最初はほとんど挙げられなかったのに。
 ナマエが夕飯の用意を終えて、座った。手を合わせて「いただきます」と言ったから俺も「いただきます」と言う。鼻をくすぐる美味そうな匂いがする煮物を箸で掴んで口に含み、咀嚼しているとナマエがジッと俺を見ていた。その顔が妙に真剣で笑い、言う。

「美味い」

 すぐにナマエも笑って食べ始めた。今日あったことを話しながら食べていると、ナマエがふと呟いた。

「あ、私も静雄が大好きです、はい」

 目も合わせずに照れながら言うから俺まで顔が熱くなって箸が止まる。そんな俺を見て「やだ、恥ずかしい」とナマエが言った。体がぞわぞわする、学生同士の恋愛みたいで自分の年齢を思い出して、また熱くなった。

「24にもなってこんな恋愛って…」
「俺も同じこと思ったわ」

 目が合って笑う。これだけで幸せだ。

100626


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