傷の手当てをしようかと言ったけれど静雄は考えるそぶりもみせずに「いい」と言い切った。静雄の正面に正座し、静雄を見上げると静雄は真っ直ぐ私を見ていてドキッとした。こんな感覚が久しぶりで気持ちよくて幸せだと思う。
 スカートが変な方に折れ曲がるのを気にしていたら急に静雄が頭を下げた。胡座をかいた膝に手を置き、本当に勢い良く頭を下げたもんだからビクッと驚いてしまった。

「悪かった!」
「…何が?」
「いや、ほら、事務所で…よ」
「あー…」
「…怖かったんだ」
「…うん」

 答えると静雄は私を見て少しだけ笑った。何かがいつもと違うと思わずにはいられなくて、不思議に思う。

「ナマエが受け入れてくれるのは単純に嬉しかった。けど、それ以上にナマエを傷つけるのが怖かったんだ。でも」
「静雄」
「ん?」
「私はそんなの気にしない」

 静雄に傷つけられることに不満は絶対に持たないと自分自身に誓える。だってそれは静雄の意志ではないのだ。したくてしているわけじゃない。そのことは十分分かっている。そしてそこも含めて全部愛しているのだ。
 静雄は一瞬、遮ってそう言った私に驚いたけれどすぐに笑う。

「だから逃げねぇことにした」

 嬉しかった。静雄が私を信じてくれてる、と言いようもない高揚感にたかられる。続ける言葉がなかなか出てこなくて黙っていたら静雄が続けた。穏やかな笑みを浮かべている。

「それとな、さっきいろいろあってよ。少しだけ、力をコントロールできたんだ」
「えっ」
「初めて言うことをきいてくれた」

 静雄は自分の手のひらを見つめながら嬉しそうにそう言った。胸から何かが湧き上がってきて、心臓が高鳴る。少しだけ、と強調するあたりまだ自信はなさそうだったけれどそれでもすごい進歩だ。私まで嬉しい。

「いろいろ、っつーのはまた後でゆっくり話す。今はそれより言うことがあるからな」

 そう言うと静雄は私を見て笑った。ドキッとして思わず目をそらす。

「ナマエ」
「…はい」
「照れてんのか?」
「そりゃ、まぁ」
「初めて見た」
「笑わないでよ」
「いや、嬉しくてよ」
「は?」
「きっとこれからいろんなナマエが見れるんだろうな」
「…」

 なかなか恥ずかしい台詞だけれど静雄は本当に嬉しそうで、純粋で素直だなと思った。私だって同じことを思うけれど簡単には言えない。そういうところが嬉しかった。私にはないところを静雄は持っている。いつか、一緒にいればいるほど静雄の感覚に近づいていけたら嬉しいと思う。いや、きっと近づいていくのだろう。二人で同じタイミングで笑い、怒り、照れて、幸せを感じることができればそれはとても幸せだ。
 妙な沈黙になった。静雄はこれから言うことが恥ずかしいらしく、口を手で覆ったりして私を見ている。私はきちんと言うけど静雄は恥ずかしいのか、似てないのにこんなのにも愛しいのは不思議だ。少し笑って、躊躇する静雄に言う。

「静雄、一つだけお願いがあるの」
「ん?あ、おう、何だ?」
「抱き締めて」

 そう言うと、静雄はまた一瞬驚いた。でもすぐに笑って「おう」と答える。
 数時間前までは絶対にしてくれなかったに違いない。自分の力が怖い、誰かを傷つけるのが怖い、誰かが離れていくのが怖い。強いくせに臆病で、臆病のくせに素直で、かっこいいくせに可愛いと思う。
 私が先に静雄を抱き締めたら、静雄はゆっくり優しく抱き締めてくれた。こんなに触れたのは初めてで、思ったより高い静雄の体温と静雄の匂いに頭がクラリと揺れる。小さく「気持ちいい」と呟いたら、急に静雄が私を強く抱き締めた。少し苦しいけどそれが気持ちいい。心臓の音が心地よい静雄の胸に酔いしれていると、静雄が耳元で呻くように呟いた。

「…まだちょっと怖ぇ、けど」
「ん?」
「離したくないとは思う」

 また恥ずかしい台詞だ。でもそれは正真正銘静雄の素直な気持ちで、私はそれがとても嬉しい。私と違う静雄、そんな彼がとても好きだと思う。

「好きだ、ナマエ」

 不意に耳に入ってきた言葉に体がカァッと火照った。なかなか言葉がでなくて静雄の背中に回した腕に力を込める。静雄が少し笑って私にふわふわした頭を傾けてきてくすぐったかったから笑って、「静雄、好き」と言った。
 何もかもが臨也と違って、でも好きだと思った。あ、久しぶりに臨也のこと考えたなぁ。

100623


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -