静雄のことを考えてみた。大好きな人を抱き締められないということはどんなに苦しいことなんだろうか。例えば静雄が誰かに重傷を負わされて意識不明になったとして、一週間ぶりに目が覚めた静雄を私は抱き締めることができる。良かった、嬉しい、と静雄のふわふわした髪の毛に顔を埋めるようにして静雄の体温を体全体で感じることができる。けれどそれが静雄はできないのだ。どれだけ愛しても愛しても静雄の力では簡単に傷つけてしまう。恋人たちの営みである性行為でさえ簡単ではないのだ。どんなに愛しいと思っても、抱き締めてはいけない。それはとてもしんどいことだ。抱き締めたいという気持ちを押さえ込むのはなかなか難しい。
 静雄はいつだってしんどかったに違いない。自分の力のせいで誰かが傷つくからセーブしたくてもなかなかできず、傷ついて終わりだ。癒やしてくれる人もいたかもしれない、実際弟の羽島幽平はいつでも静雄の味方だったらしい。けれどいつでも癒やしてくれるわけではない。静雄は自分から「傷つくことがあった」と主張する方ではないだろう、だったらその傷はどこにいくのだろうか。静雄の心の中に留まるしかないじゃないか。
 動悸が激しく高鳴った。涙が出そうになってどうにかこらえる。これはあくまでも想像だというのに、馬鹿らしい。でも少なからず似たようなことはあったはずだ。そう考えると胸が苦しくなって上手く呼吸ができなかった。何かを壊したい衝動に駆られて、また泣きそうになる。
 静雄、静雄、静雄。
 静雄を強く抱き締めたい。私は静雄が大好きだと、その力も全部丸ごと大好きだと伝えたい。受け入れてくれなくてもいい、ただ知ってほしい、私もあなたの味方だと分かってほしい。
 携帯は相変わらず鳴らなかった。時計を見ればもう日付が変わっている。今日はもう帰ってこないかもしれない、と立ち上がると同時に玄関から鍵を開ける音がして驚いた。玄関に向かうとちょうど静雄が入ってくる。

「おかえりなさ…」

 言いかけて、止まった。静雄はボロボロだった。殴られたというより切り傷が目立って、よく見れば服もあちこち破けている。

「お前、まだ起きて…」
「どうしたの!?」
「!?」

 静雄は私の声にビクリと体を揺らした。とても驚いてる顔が不思議で「え?」と呟くと静雄も呟く。

「いや、ナマエがそんなに大声出すとは思わなかったから、よ」
「そりゃ…」

 大声も出るよ、自分でもびっくりした、自分がこんなに大声出すなんて、とても久しぶりだ。だって静雄が傷ついたじゃないか、またボロボロに。いつだって誰かに喧嘩ふっかけられてはボロボロになっている。勝つとはいえ、暴力は嫌いだと自分でも言ってたくせに平気そうな顔をして、それが普通になってるんだ。

「ああもう…」
「ナマエ…?」

 ポロポロと溢れる涙に我ながら少し感動した。こんなに自然に溢れる涙は久しぶりだ、何を考えても溢れ出す。
 静雄は大丈夫か、と焦りながら私に手を伸ばした。その静雄を見つめたら急に笑えるような気がして笑う。

「おかえり」

 静雄は一瞬驚いて、すぐ優しく笑ってくれた。ただいま、と私の頭を撫でて部屋に入っていく。すぐにタオルが飛んできたからそれをキャッチして顔を拭いていたら「話がある」と静雄がどかん、と座る。私もあるよと言いたかったけど鼻が詰まったから言えなかった。収まってきた涙を拭いている私を見ながら静かに笑う彼をどうしようもなく愛しいとまた涙が出そうになった。

100618


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