「ナマエ、携帯鳴ってるぞ」
「誰?」
「非通知だな」
「!」

 コンロの火を消して菜箸を置いた。非通知と聞いてすぐさま臨也を思い出してしまい、急いで携帯を掴む。静雄は臨也かもしれないなんて考えていないらしく、私に携帯を渡すと少しだけテレビのボリュームを落としただけだった。

「…もしもし」
『やぁナマエ、元気かい?』

 臨也。
 名前を呼びそうになって、こらえる。何もなかったようにまたキッチンへ移動した。

『シズちゃんとの同棲は楽しんでる?』
「どういうつもりなの?」
『…さぁ?』
「さぁって…」
『近々池袋に行くよ』
「え?」
『会えるといいね、ナマエ』
「い…」

 危ない、名前を呼ぶところだった。横目で静雄を見て、静雄がテレビに夢中なのを確認してまた話す。

「貴方は私をどうしたいの?」
『ナマエ、俺はね、君を愛してるんだ』
「人間が好きならそうでしょうね」
『そういうところが素敵だ、君だって俺を愛してるくせに』
「そうだとしてもきっと貴方とは違う愛だと思う」
『一緒なら良かったのかい?』

 一緒なら良かった、のだろうか。
 言葉に詰まって思わず携帯を持つ手に力が入った。携帯の向こうで臨也が薄く笑うのが聞こえる。
 私は臨也を愛しているし、臨也は私を愛している。その愛が異なってる?異なっていたとしても愛し合ってるのだ、私たちは。それ以外に何がいる?それだけで十分じゃないの?そばにいてほしい?優しくしてほしい?どうしてほしいの?私はどうしたい?彼を、臨也をどうしたいのだろうか。
 愛って何だろう。

『愛してるよ、ナマエ』

 ツーツーツーと無機質な音が脳内に響く。重くなった腕を下ろして、ため息をついた。
 喜んでいる自分がいる。彼に愛されて、私は喜んでいる。臨也の「愛」が嬉しい。それが人間に対する愛だったとしても電話でそれを直接言って貰えるのは私だけだろう。嬉しい。
 馬鹿みたいだ。こんな状況に置かされたというのに、この期に及んで彼をまだ愛してるなんて。そこまで彼の存在が私にとって重要なものだったのだろうか。いや、重要だった。重要だったけれど。
 いつかは騙されると思っていた。それでもいいと思ってたし、今も恨んではいない。こうやって私は一生彼に振り回されるのだろうか。

「ナマエ?」
「!」
「誰からだったんだ?」
「あ…っと」
「…臨也の野郎か」
「…」
「……大丈夫か?」
「え?」
「辛そうな顔してんぞ」

 心臓が跳ね上がった。無性に静雄に抱きつきたくなって、柄にもなく泣きたい。泣いたってどうにもならないし泣く意味でさえ曖昧なのに、きっと静雄に甘えたいだけだ。それは甘ったれてる。静雄にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

「ありがとう、大丈夫」
「…お前」
「私が馬鹿なだけなんだよ、嫌いになればいい話なのに」
「好きなら否定しなくてもいいだろ」
「だってここまでされてまだ好きだなんてただのマゾだよ」
「好きなんだろ?」
「好…」
「否定すんな。自分の気持ち押さえ込み過ぎなんだよ、逃げてるだけだ」
「静雄…」
「…」
「…私、おかしいよね」
「まぁ普通の女とは若干ずれてるだろうな」
「ははっ、正直に言う」
「俺なんかもっとずれてるだろうしよ」
「静雄が?どうして?」

 そう問うと静雄はきょとんという顔をした。すぐ笑って、私の頭に手を乗せる。

「そういうとこがずれてんだよ」
「…」

 静雄は優しい。静雄はとても優しい。臨也じゃなくて静雄を好きになれば丸く収まるんじゃないだろうか。
 …いや、そんな理由で静雄を好きになるのはおかしい。

「ありがとう、静雄」
「おう」
「ご飯すぐ作るよ」
「サンキュ」

100520


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