早いもので静雄と暮らし始めて一カ月が経とうとしていた。そろそろ給料日で、借金を引かれてどのくらいなのかという明細書をトムさんに貰った私はなかなかの額にとても申し訳なくなって頭を下げる。

「まだ貰ってもねぇだろ。それに俺じゃなくて払うのは社長だ」
「でも機会をくれたのはトムさんで」
「もっと言えばお前が社長にいい対応してくれたことも要因だろ。俺は何もしちゃいねぇよ」

 トムさんはそう笑って煙草を吸った。静雄とは違う匂いだなぁ、と思っていたら急に思いだしたようにトムさんは煙草をもみ消して、私を見る。

「ところで」
「はい?」
「静雄とはどうなんだ?」
「どうって…普通ですけど」
「間違いとか。いや、同意の上なら間違いじゃねぇんだけどよ」
「…トムさん」
「だっていい歳した男女が同じ屋根の下で暮らしてんだぜ?それなりにあるだろ」
「ないです。どうせ静雄からも聞いてるくせに」
「まぁな。あいつも何もねぇとか言ってるし、本当に何もねぇんだなお前ら」
「ありません。そういえば静雄から女の人の話題って出たことないんですけど…」
「あぁ、あいつな、いねぇよ。面もいいし背も高ぇけどよ、まずあの性格というか、暴力っつーか。昔から女は寄って来なかったみたいだぜ、もったいねぇよな」
「…やっぱり、普通にいい男ですよねぇ」
「お?気になってたりするのか」
「まぁ、静雄を好きになれたら幸せだとは思いますよ。愛されたら、もっと」
「…まだ折原臨也を引きずってんのか?」
「意外そうですね」
「そういうのを引きずる奴とは思わなかった」
「普段引きずらないからこそ、引きずったときが質悪いんです。私だって今の自分にびっくりしてますよ」
「いいんじゃねぇか?大恋愛って感じじゃねぇか。俺はめんどくせーから嫌だけど」
「ですよね。時間が経てば考えも変わるとは思いますけど」
「余計なお世話だとは思うけどよ、あいつを忘れるために静雄を利用なんざしてくれるなよ。あいつあれで結構純粋だしよ」
「当たり前ですよ。静雄を騙したりはしたくない」
「…確かに、お前らが愛し合えたら最高だろうな」
「でしょう?」

 くすくす笑っていたら、静雄が事務所に帰ってきた。本人はけろっとしているが傷だらけで、服も破けてるし血の跡が酷く痛々しい。

「おまっ…どうした静雄」
「そこで囲まれました」
「そこって…」

 事務所から外を見れば、低い呻き声と共に20人くらいの男たちが転がっている。これに囲まれて全員を倒したのだろう、彼は。一瞬眩暈がしたが男たちのそばに落ちている鉄パイプや廃材を見て私は素早く静雄に目線をやった。血が止まっていない。

「静雄、手当しよう」
「俺救急箱持ってくるわ」
「すんませんトムさん、ナマエも」
「痛くない?」
「痛く…なくはねぇけど、俺普通じゃねぇし」
「でも痛いのは痛いんでしょ?」
「…ナマエ?」
「……今、すごく腹が立ってる」
「何でお前が」
「分かんない」

 分からない、分からないけどムカつく。どうして静雄がこんな目にあわなきゃいけないんだろうか。聞くところによれば昔から臨也が誰でもかれでもけしかけて、静雄を襲わせたらしい。そのたびに静雄はこんな風に傷ついて痛がっているというのに。そんなに静雄が嫌いなんだろうか、臨也は。じゃあ静雄と一緒に暮らしてる私は?憎くないんだろうか?どうでもいいんだろうか?

「…ごめん」
「何で謝るんだよ」
「だって、臨也が」
「あ?今あいつは関係ねぇし。お前だって関係ねぇだろ」
「……」
「どうした?」
「なんでもない」
「…」
「おーい、救急箱。あとタオルな、とりあえず血ぃ拭け、静雄」
「…うっす」

 なんでもない。
 ただ静雄を好きになれたらと思っただけだ。いや、好きになりたい。ううん、もっと違う。この感情が恋愛感情ならいいと思った。好都合で「いい」のかは分からないけれど。

100520


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