「静雄ー」
「あー?」
「油切れちゃったけど買い置きあるかな?」
「あー…多分ねぇな」

 テレビを見ていた静雄がキッチンにやってきて辺りを探り始める。あ、そこらへんにはないと思うなぁとか考えながらそれを見ていると静雄は腰に手を当ててきっぱりと「ねぇな」と再び言った。

「油ないと夕飯できない。バターとかもないし…コンビニ行ってきていい?」
「そうだな、行くか」
「私一人で大丈夫だよ?」
「もうだいぶ暗ぇんだぞ。何なら俺一人で行くし」
「油、分かる?」
「…分かんねぇかも」
「一緒に行こうか」

 正直な静雄に笑って上着を羽織った。これも静雄のジャージだし、本当に恋人同士みたいだ。少し恥ずかしい。
 臨也のことが吹っ切れたわけではない。まだ少し悲しいのは事実だ。私は悲しいという気持ちから目を背けていただけで、本当は悲しかったのだと思う。臨也を力いっぱい抱き締めたかった、なんて甘い後悔だけが残った。

 コンビニについて油を探していたら狩沢さんを見つけた。次にヒョイと遊馬崎さんが出てきたから向こうにいるのはドタチンだ、多分。挨拶をしようとしたら狩沢が甲高い声で叫ぶ。びっくりした。

「え、何!やっぱり本当だったの!?」
「…何が?」
「平和島静雄が一般人の女と夫婦のようにスーパーで買い物を!って写メ付きでメールが送られてきたんすよ、ダラーズから」
「で、これ絶対ナマエだよねって言ってたのよ」
「ダラーズか…私、携帯壊れちゃって」
「ナマエもダラーズなのか」
「うん。静雄も?メール見てないの?」
「開けたまま見てなかったな、そういえば」
「で?静雄は臨也の女を取っちゃったの?」
「狩沢、手前な…」
「それともナマエさんの押しかけ妻っすか?」
「ちげぇよ、いろいろあって一緒に住んでるだけだ」
「ラノベみたいな展開っすね!」
「ラノベってゆーかギャルゲーじゃない?」
「そっすかねー俺的には」
「おいお前ら、そこらへんにしとけ」
「門田」
「よう」

 お菓子やジュースがたくさん入ったカゴを持ったドタチンがやってきて、私たちに挨拶をする。ドタチンは私と静雄を交互に見たあと、私を見つめた。

「…余計なお世話かもしれねぇがよ、臨也はどうしたんだ?」
「ついに騙されたよ」
「あっさりだな」
「悲しかったけど、うん」
「…携帯変わったんだろ、アドレスとか教えろよ」
「うん」

 ドタチンは優しい。言葉の中に「何かあったら連絡しろ」と聞こえたような気がした。昔から心配させて申し訳ないと思う。ドタチンは臨也と付き合うのをやめろとは言わなかった。今だって何も言わない。彼を異性として好きになれればいいんだろうなといつも思う。
 ドタチンのあとに狩沢さんと遊馬崎さんともアドレスを交換し直して、三人はこれからアニメ鑑賞会というから別れた。最後まで呪文のようなことを言っていた二人に少し疲れてため息をつく。

「にしても噂というか、ダラーズ怖いね」
「…臨也にバレてもいいのか」
「臨也ならもう知ってるんじゃない?もしかしたら静雄と暮らさせるように仕向けたのかもしれないよ、あのタイミングで電話してきてさ」
「…」
「いいの、静雄こそ嫌いなくせに無理して「彼」の名前出さなくていいよ?」

 油を見つけて静雄が持つカゴに入れる。他にもジュースとか買うのかなと思っていると無言で静雄がレジに向かって支払いを終えた。何も言わないし、私が微妙に追いつかない速度で歩く。
 怒らせたのだろうか。ならこれ以上怒らせたくないな、と私も無言で追いかける。

「ナマエ」
「うん?何?」
「無理すんなよ」
「…静雄もね」
「…悪い」
「…ごめん」

 なにこれ、よく分からないけど申し訳ない。お互い気をつかってる、気をつかってしまう。
 やがて静雄の歩く速度が同じくらいになった。面白いほど無言で、臨也のことを思い出した。臨也と歩いてると無言なんてなかった、臨也がベラベラ喋ってるからだ。

「…」

 あぁ、そっか、静雄が私に気をつかうはずだ。
 すぐ「臨也」だ。気がつくと臨也のことを考えてる。きっと一緒にいる静雄が気づくくらい「臨也」なんだろう。

「静雄、ごめんね」
「…謝ってんぞ」

 謝るのはやめようって約束しただろ、と言うように静雄が言った。そういう静雄だってさっき謝ったよ、なんて言えるはずがない。

100505


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