牛丼を食べるペースはもちろん静雄の方が早かった。静雄がおにぎりを食べ終わっても私は食べ終わらなかった。食べ終わった静雄がお茶を飲みながら私を見て「食えるか?」と言うくらい遅かった。

「私、食べるの遅くて」
「みたいだな」

 まぁ静雄もだいぶ早い方だと思うけど。
 ようやく食べ終わって「ごちそうさまでした」と言うと、静雄が「あ、風呂」と呟いて立ち上がってお風呂場へ行こうとした。

「あ、さっき洗っといたよ」
「まじかよ。悪ぃな」
「勝手にすいません」
「あ…」
「………」

 なかなか慣れないものだ。静雄も私もすぐ謝ってしまう。そんな微妙な空気のまま静雄はお風呂場へ行ってお湯を入れ、私はゴミを片付け、同じタイミングで居間に戻る。

「あー、お前寝るのベッドでいいだろ」
「え、床でいいよ」
「いいって」
「フェアじゃない。ここは静雄の家なんだから」
「家主がいいって言ってんだよ。分かった、じゃあこうだ。例えば俺がベッドから落ちたら床にいるお前のお前に落ちる。お前が俺の上に落ちてもどうってことねぇけど俺がお前の上に落ちたら最悪死ぬぞ」
「例えが怖いよ」
「怖かろうが有り得ることだろ」
「…」

 静雄は笑ってクローゼットから布団を一式出した。それを睨みつけるように見ていると、「風呂いいぞ」と言ってきたのでバスタオルを受け取って風呂場へ行く。
 服をぬぎながら臨也のことを思い出した。臨也はお風呂をあまり促してくれたことがない。お風呂に入りたくてもそんなの無視で行為に入ってしまうのだ。だからか、お風呂を促してくれたことが何だか小恥ずかしい。まるでドラマのような流れだ。先に彼女をお風呂に入れる彼氏のような。いや、静雄はそんなことまったく考えてないんだろうけど。私だって期待しているわけじゃないけど。ただそんな流れだなぁと思っただけだ。

 お風呂から上がると静雄は普通のTシャツとジャージに着替えていた。バーテン服以外を着ているのを初めて見た。普通の青年みたいだ。私に気付くと静雄は私にドライヤーを渡し、お風呂場へと行く。
 ドライヤーを使いながらぼんやり今後のことを考えてみた。私に身内はいない。孤児院育ちだからだ。だから臨也も付き合いやすかったのかもしれない。私がどこかへ消えようが死のうが後腐れがないからだ。そんな私だから育った孤児院での友達との絆は深い。が、静雄のおかげでそんな絆もある意味おじゃんだ。少し悲しいけど最近は疎遠だったしこんなものかもしれない。
 何はともあれ今後のことだ。運がよければ静雄やトムさんが働いている事務所で事務の仕事をできるかもしれない。お金さえあれば静雄に迷惑をかけずにすむし、しばらく働けば一人暮らしもできるだろう。やはり何事もお金だ。もし事務所で働けなかったら困る。
 そんなループを繰り返していたら静雄がお風呂から出てきた。思わずどこかの俳優みたいだと思ってしまうぐらいかっこよかった。そういえば臨也が羽島幽平は静雄の弟だと言っていた覚えがある。美形兄弟なんだなぁ。というか何かのドラマに出ていたイケメン俳優に似ている。まったく思い浮かばないが。

「なんだ?」
「あー、誰かに似てるなと思ったけど誰か分かんない」
「はっ」

 軽く笑って静雄は冷蔵庫を開けて缶ジュースを取りだす。私に向けているか?という顔をしたけど首を振っておいた。
 午後十一時には静雄は静かになった。眠くなってきたのか、寝転がってぼんやりテレビを見ていた。トイレの帰りに電気を消し、静雄はそれっきり本当に静かになってしまったので寝たんだなと思って私も寝ることにした。久しぶりに一人で寝るなぁ、と目を瞑ると静雄の匂いがして急にむず痒くなった。

 臨也の指が私の服の中に入ってくる。ひんやりとした指先には刃物がついてるんじゃないかと思うくらい繊細で思わず鳥肌が立った。両手を臨也の片手で制された私はニヤニヤ笑う臨也を睨みつける。それでも臨也は気にせずに器用に私のブラのホックを外した。

「やだ臨也」

 少し声を荒げても臨也はお構いなしだ。それどころがどんどん楽しそうな顔をしている。
 臨也からの快感はいつだって最高のものだった。それを拒む理由が私にはなかったはずなのにどうしても享受する気にはなれない。

「臨也!やめて!」

 叫ぶ。何度も彼の名前を呼んだ。もしかしたら臨也じゃないのではないかとも思った。でもそこにいるのはやっぱり臨也で、一言も私に声をかけずに行為を進めようとする様が皮肉にも似合っていた。
 ゆっくりと指先が私の下半身に向かっていく。「やだ!」今度は臨也の顔が近づいてきた。そんな顔でキスをしてほしくない、そんな「不特定多数に向けられた」キスなんかしたくない、キスだけは「私」に向けてしてくれたのに。
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。



「臨也!」

 びくっと自分の体が跳ね上がった。ああ、夢か、恥ずかしい、叫んでしまった。しかも考えてみればここは静雄の家だった。今の私の叫びで静雄が起きたのではないかと静雄の方を見ると、本当に起きていた。少し乱れた髪の毛のまま、私を茫然と見ている。

「あ…ごめん…」
「臨也の夢か」

 薄暗いけれどその表情と声色から何となく怒っていることが分かった。そりゃせっかく気持よく眠りに入ったのに臨也の名前で起こされるなんて気分悪いことこの上ないだろう。
 目を合わせないように視線を落とすと静雄は静かに聞いた。

「何で臨也といたんだ?」
「…」
「こうなることは薄々気づいてたみたいなこと言ってたよな?じゃあ何でそうなる前に別れなかった?」
「…愛してたから」
「……」
「愛してた。これだけは確かだよ」
「…愛してた奴から騙されて逃げられて悲しくねぇのかよ?」
「想定内だってば」
「わかんねぇ」
「私も。でも恋ってそんなものなんだよ、きっと」
「今も好きなのか?あいつが」
「どうだろう。それは分からない。少なくとも嫌いではないかな」
「体だけだったんだろ?」
「心も体も臨也のものだったよ。臨也の心も体も私のものだった」
「…それは恋人同士じゃねぇか」

 急に胸が締め付けられた。恋人同士。私と臨也の関係を言葉で言い表すとそういう単語がぴったり当てはまったことに驚いた。そんな気分は微塵もなかったのに。
 臨也は私を好きだと言った。私を愛していると言った。私の体を欲しがった。私が好きな俳優が出ると「いい気分ではないな」と言ってテレビを消した。

「…ほんとだ」

 笑えた。
 本当に本当に私たちは恋人同士だったかもしれない。臨也も私もそんな表現は一度もしたことがなかったし、セフレに近いとお互い何となく思っていたと思う。でも考えたら私たちは恋人同士だった。何で気付かなかったのだろうか。

「幸せだったもんね」

 
100415


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