始まりは、誰だったか覚えていないけれど、その誰かが遠征のお土産でお茶っ葉を買ってきたことだった。それは遠征先の国でしか作られていないお花のお茶で、お湯を注ぐと辺り一面にお花畑が広がるように香りが巡る。一人で「わぁ」と呟いた。摘み取られてはいるが、白い花びらがティーポットの中でゆらゆらと揺れるのがまた美しく、緑少ないこのバルティゴの地にいることをひと時忘れた。ああ、そういえば故郷は四季折々美しい花が咲いていた。少しだけ瞳が揺らいだ。
そうだ、そういえば少し前に紅茶を飲んだ、と涙も忘れるくらい急に思い出して食堂の戸棚をあさるとやっぱり紅茶のビンが奥の方に置かれていた。どうやら湿気ってはないようだ。これも誰が持ってきたかは知らないが、もう誰も飲んではいないみたいだし明日はこの紅茶を飲んでみよう。
それから午後ののんびりした時間に私はティータイムをするようになり、そこへコアラがやってきて、また一人二人とメンバーが増えて、お茶菓子を持ち寄ったりして、男も女も入り混じって恋に仕事に希望の未来に、たくさんの話をするようになった。
そして遂には任務の帰りにサボが「ん」とついでだから、と言うようにその土地のお茶っ葉を買ってきてくれるようになったのだ。その時はそれはもう「ありがとう」と呟くことを忘れるくらい驚いた。もしや、あれはサボではないのでは?

「あの時はほんっとーにびっくりしたよ!サボくんがお土産!?って!本当にサボくん!?って!」
「私もおんなじ」

コアラの興奮した声に思わず笑った。全く同じ感想に今までのサボの行動がどんなものだったかは一昨日やってきた新たな同志にも分かることだろう。
コアラはクスクス笑いながら私が淹れた紅茶を一口飲む。ふと思い出して「これもサボが買ってきてくれたやつだよ」と言うと「あぁ」とコアラは笑った。

「このあいだの?」
「うん」
「私一緒に買いに行ったんだけどすっごく悩んでて笑っちゃったよー」
「そうなの?」
「こーんな格好してもう真剣!周りはおばさまばっかりだったから浮いてたなぁ」

コアラは鍵状にした人差し指を顎に当てて猫背気味に背中を丸めた。怒ってるような妙な顔をするから笑い、サボに当てはめるととても嬉しくて少し顔が熱くなるのを感じた。バレないように、紅茶を一口。
コアラはそんな私に気づかず「それにね」と続ける。

「最初の時も、私やられた!って思ったの」
「どういうこと?」
「だって最初にナマエのティータイムに参加したのは私なのに、お土産にお茶って思いつかなくてさ」
「ふふ」
「サボくん、なんだかんだナマエのこといつも思ってるんだよ」

だから心配しなくていいよ、と言うようにコアラは笑った。コアラの優しさは海のように穏やかだと思った。別にサボに不満があるわけでもコアラとの仲を疑ってるつもりもないけど、それでも会える日が多くはない分「心配しなくていいよ」は私の心に潤いを与えてくれる。
「ありがとう」と答えはするが、何だか急に恥ずかしくなった私はついつい余計なことを言ってしまうのだった。

「でも、いつも思っててくれたらたまの電話くらい3秒で終わらせないでほしいなぁ。元気?元気だよ、ガチャ、って」
「もー!そういうとこだよね、サボくん!この前もね」
「ティータイムってのは、おれの悪口言うタイムなのか?」
「!」

コアラのヒートアップは一瞬にして終わってしまった。呆れたような顔でこちらに来るサボに「あはは」なんてわざとらしい笑顔を二人して振りまくと、サボは軽くため息をついて扉の向こうを指さした。

「コアラ、ハックが探してたぞ」
「え!もうこんな時間!ごめんねナマエ、私行かなくちゃ!」
「うん、片付けは任せていいよ」
「ありがとうー!」

心の中では少なからず「逃げれた!」と思っているだろうコアラは、サボに見えないように扉の隙間から“ごめん”と顔の前で手のひらを合わせていた。可愛らしい仕草に“大丈夫だよ”と笑顔を返す。
サボは私の隣に座ると「ったく」とやっぱり呆れたため息をついた。頬杖をつき、私をちらりと見る。

「どうして女が集まるとあーいう話になるんだ?」
「男が甲斐性なしだから?電伝虫を3秒で切ったり?」
「……」

私の嫌味にサボは口をへの字に曲げた。心当たりは十分にあるはずだし周りからも「要件人間」と言われる人だ、返す言葉がないのだろう。でもちょっと意地悪しちゃったな、反省。

「ごめんごめん、サボもお茶飲む?」
「いいよ、どうせすぐ会議なんだ」
「そっか。じゃあ夜はどう?さっきコアラがお菓子くれたんだ」
「ん」
「……うん」

サボが「ん」と笑った顔がすごく愛おしく思えた。サボが一生懸命選んでくれたお茶、私のために夜の時間を空けてくれること、コアラたちには見せない柔らかい目尻、こんなに愛おしい空間はサボがいればどこでも生まれるのだ。それがもう、たまらなく私にとっての幸福だった。
もーいいや。

「もーいいや、電伝虫は許すよ」
「なんだよ、それ」
「でもたまーーーーーーーにはお話しようね」
「話すことなんてねぇだろ?生きてるかどうかだけで十分じゃねぇか」

なに言ってんだ、という表情でサボが言うもんだから「要件人間」という言葉は飲み込んであげた。どう考えてもこの男は変わらないだろう。「是」か「非」か、事足りればそれだけでいいのだ。
静かな部屋に窓から「ハッ!ハッ!」という子供たちの声が聞こえた。ああ、ハックとコアラの指導の時間か。それでサボは来たんだった。
……あれ?
それならサボの要件はもう終わっているのでは?

「……サボ、お茶いらないんだよね?」
「?夜でいいよ」
「じゃあ、なんでここにいるの?」

会議があるならもうここを出て行ってもいいし、私と不毛な電伝虫議論だってしなくていいし、さっきまで軽口叩いていた口をへの字にしたまま少し顔を赤らめなくたっていいのだ。顔を赤らめてしまうのは、私も然りだけれども。

「さあ、なんでだろうな」

知るか、と言うようにサボはぶっきらぼうで優しいキスを私にすると、さっさと部屋を出て行ってしまった。
きっと“要件”も“理由”も“なんで”もない、こういうものを恋だとか愛だとか言うのだろう。そして今この部屋には、お湯を注いだ花びらがお花畑を作り出すように、それでいっぱいなのである。きっと今夜はもう一度、私の部屋はお花畑になるだろう。



20180208
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