先月まで戦争をしていたとは思えないほど、その国は活気満ち溢れていた。おれたちが港に船をつけると先月から先に到着していたナマエが港から手を振っている。「長旅お疲れ様!」と笑う彼女の手首は少し細くなった気がした。

「総長、ナマエと街を見てこいよ」
「ああそうだな、随分と復興も進んだみたいだ」
「そうじゃなくて、デートに」
「デートじゃないです視察です!」

おれと革命軍メンバーの会話にナマエは怒ったように入り込んで来た。元々、次の任務へ行くためについでに経由したこの国でおれが出来ることと言えば視察くらいだったので別に問題はないが何故だかおれまで怒られた気になって損をした気分だ。

「まぁまぁ、たまの機会だ。いってらっしゃい!」

にこやかなお節介に送り出され、おれとナマエは港から街へ向かった。港は思ったよりも盛況で商人たちがひしめき合っている。おれが数ヶ月前に来た時にはこの港には王国軍の武器がそこかしこに運ばれていた。随分と平和な風景になったものだと笑みがこぼれると、そんなおれに気づいたのかナマエは声を弾ませた。

「近くの島に海列車が通ってるの。そこからたくさんの品物が流れて来てね、最近ではお花も買えるのよ」
「そうか」
「やぁナマエ」
「こんにちは、おじさん。家の屋根は完成した?」
「今から仕上げだよ。今日はデートかい?」

何枚も板切れを持った体格のいい男はおれをチラリと見てニヤリと笑った。ナマエは先程船でもやったように「視察!」と反論しておれを指差す。

「この人はこう見えて革命軍の幹部なんだよ!」
「こう見えてってお前」
「なに!?そうか!ありがとう、君たちのおかげでおれたちはまたこうやって生きてるんだ!」

男は担いでいた板切れを地面に放り投げ、満面の笑みでおれに握手を求めた。おれが何をしたわけでもないが、とりあえずそれに応えるとギュッと力強く手が握られる。

「おれの息子も母親も、安心して天国へ行けるよ!」
「……」

この朗らかな男にも、失ったものは大きいのだ。それでもこうして前を向いて笑って、生きようとしている。おれたちの仕事がもう少し早ければ、とも思わずにはいられないがこの男の笑顔を無碍にもできなかった。
男はおれの気持ちも知りもせず「あと従兄弟と、隣のババアと」と失ったものを挙げていくのだった。この国にはそれらを乗り越えることができた人間が何人いるだろうか。多くもなければ少なくもないに違いない。

「とにかく!とにかくありがとう!」
「こちらこそ、…生きてくれてありがとう」
「……あんたたちのおかげなんだ」

しんみりした空気になってしまった。ナマエはそれに気づいて慌てて男の背中を押す。「屋根が待ってるよ!」と。

「おお、そうだな!バタバタしてるけど、まぁゆっくりしていってくれ!」
「怪我しないようにねー!」

ナマエが笑顔で送り出すと男もまた満面の笑顔を返した。ふふ、とため息のようにナマエは笑うと「最近やっと笑顔になったんだ、彼も」と寂しく呟いた。
笑い声も明るい音楽も復興するカナヅチの音も、一見希望の未来に向いているようだったが実際には深い悲しみの上に成り立っている。それを癒す術も忘れる術もおれたちはもちろん持ち合わせちゃいない。今この瞬間でも涙をこらえるか、絶えず涙を流す人間はごまんといるだろう。失ったものより得たものの方が大きい、そう思ってくれることを祈るばかりだ。
先程の呟きを取り返すように「それにしても」とナマエは少し言葉を強めた。チラとナマエを見下ろす。やっぱり少し細くなったように見える。

「……ん?」
「みんなデートデートって」
「いいじゃねぇか、恋人同士が歩いてたらそれはもうデートだよ」
「視察です!この後報告書だって書いてもらうんだから」
「任せた部下」
「クソ上司」
「いでっ」

バン!と背中を叩かれて顔を歪めると今度は「ナマエちゃん!」と甲高い声をかけられた。お次は恰幅のいい女性だった。屋台の中から嬉しそうな笑顔でおれたちに「彼氏?」と聞いてくる。あーあ、また始まるぞ。

「上司と視察中!」
「あら、そうなの。若いのにしっかりしてらっしゃるのね。水水肉はどう?」
「肉?」
「嬉しそうな顔して」

おれの反応にナマエは笑った。「ウォーターセブンって知ってる?そこから運ばれて来たのよ」女性は言い、それをおれに一つ手渡した。名前のとおり、ぷるんとした造形と重さにナマエも「へぇ〜」と感心して見つめる。

「ありがとうおばちゃん。いくら?」
「あらいいのよ、ナマエちゃんの上司さんだもの」
「良くないです。おばちゃんにも生活があって、それはこれからも続くんだよ」
「……そうね、ありがとう」
「うん」

ナマエは満足そうに笑い、値段を聞くとおれのポケットから財布を取って支払った。おい。そりゃおれが食うけど。ってかもう食ったけど。美味かった。

「ナマエちゃん!こっちも見てくれよ!」
「職人たちが丹精込めて作った髪飾りだよ!ブローチ、ブレスレットも!」
「こっちも!革命軍のみんなと食ってくれ!」
「兄ちゃん告白するならうちの花束どうだい?」

水水肉の屋台の向こうには更にたくさんの屋台が並んでいた。そこらの残骸を取ってつけたような屋根の屋台ばかりだったが、店員たちは皆笑顔でこちらを向いている。
随分と仲間が増えたもんだな、とナマエに笑いかけるとナマエはその光景に目を細めて微笑み、瞳には薄く涙が張っていた。ナマエが一ヶ月間、この国をその目で見てきた証だった。

「……いい国だ」
「うん。サボたちのおかげで、みんな笑顔になれたんだよ」

ナマエが少し震えた声でそう言うから肩を抱いた。
違う、お前のこの細い身体でも十分彼らの力になったんだ。
おれはそう言葉にできず、ナマエの肩を撫でるだけだった。帰りには細くなったナマエの指を絡ませて帰った。一ヶ月間、ナマエもまた戦ったのだ。



「おかえり、総長!ナマエ!」
「ただいま」
「どうだった?デートは」
「だからデートじゃ、」
「ブローチを買わされた。だからこいつと出かけるのは嫌なんだ」
「なんだ、やっぱりデートじゃねぇか」
「違います、これは経済支援です!」
「モノは言いようだな」

誰かがそう言っておれも笑った。
ナマエと大量に買った食糧や備品を食堂に置き、その中の一つから簡易的に包装されたブローチを取り出す。木を削ってできたそれは、とても精巧な作りだった。大木が長い年月をかけて年輪を重ねるように、きっとこの国で何代も続く職人が引き継いできたものなのだろう。それはこの国が、人が、その歴史が作り上げたものだった。
ナマエの胸元に飾ると、ナマエは慈しむように微笑んでそれを見つめる。

きっとおれたちの望む幸せは、こうやって広がっていくのだろう。誰しも、平等に、君がその美しい笑顔を向けるように。



20180207
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