サンジが時々うなされているのを見ることに少し慣れてしまった気がする。唸り声が耳の近くで聞こえて、ぱちりと目を開けると嫌な汗をかいて嫌な顔をしたサンジがいるのである。始めの時こそ慌てて起こしたけれど、私が慌てれば慌てるほど起きた時にサンジも気を使う事が分かってからはなるべく落ち着いて起こすようにしている。
身体を起こして、近くに置いてあったタオルでサンジの汗を拭きながら声をかける。三回声をかけるとサンジは開けづらそうに目を開けて、私が動かすタオルに視線をやった。まだ少し寝ぼけているような顔に少しだけ笑う。

「ごめんね、起こして」
「いや…悪い…」

自分がうなされていたことに気づいたのか、サンジはタオルを私から奪うと起き上がって自分で汗を拭った。タオルを奪われたからテーブルに置いてある水差しからグラスに水を入れるとトポトポと滑らかな音が響いて、私もさっきより目が覚めた気がした。
水を入れたグラスをサンジに渡したら、サンジは小さく掠れた声でまた「悪い」と言う。申し訳なさそうな顔だ。

「いえいえ」
「……」
「…四時かあ」

サンジがお水を飲む間、何だか気まずくて時計を見て呟いた。サンジはその言葉を黙って聞いて、グラスを持ったままボーッとしていたから「ん」とグラスを受け取る。もう一度そのグラスに水を注ぐと、サンジはまだ黙ってそれを見ていた。ぼけっと見ているその顔が少し幼い。
昔のことを何か思い出しているのだろうか。私はサンジの昔の話を聞いたことがない。うなされている時にたまに「ここから出せ」とか「開けろ」とか言っているから、どこかに閉じ込められていたのかもしれない。以前、意を決して聞いてみたけど「別に。ただのくだらねぇ昔の記憶だ」としか答えてくれず、諦めたのだ。きっと触れられたくない部分なんだろう。その傷が癒えた時、癒したい時、私がそばに居られればそれでいいと今は思っている。

「…お水美味しいね」
「…あぁ」
「……」

ぼんやり、という感じだ。窓から見える水平線は少しだけ白んで、これから綺麗な朝焼けが見せてくれるだろう。サンジの表情はそんな、朝焼け前の水平線のようなだった。
時刻はさっき確認したように四時。サンジはいつも五時に起きるから、このまま二度寝することはないだろうな。

「起きる?朝焼けでも見ようよ」
「…」
「……大丈夫?」
「あ…あぁ、悪い」
「…あのさぁ」
「ん?」

私が少し不満げな声を出したからか、サンジはやっと私の目を見て答えた。無理をしたように少し声を弾ませているが、私にとってはそれが痛々しいし更に不満だった。
ガッ!と申し訳程度に口角の上がったサンジの頬を片手で掴むと、サンジはかなり驚いたようで目を大きくさせる。この口だ。

「サンジは悪い、しか言えなくなったわけ?」
「は…」
「起きてからそれしか言ってませんよ、この口は」

何が悪い、だ。悪いなんて私は思っちゃいない。謝れとも言っちゃいない。何が悪いかって言ったらその“夢”だ。その悪い夢を見なくなるためなら私だって何でもするつもりなのに、そんなのを背負わせる気はサンジに更々ないのだ。それが、時々ムカつく。自分だけでなんとかしようとしてしまう、優しい男に腹が立つ。
でも私は笑った。サンジが悲しい顔をするから、なーにが悪いの?って笑ってやった。そうじゃないと、彼はまた自分を責めるだろう。もしかしたら私に起こされた時点で随分自分を責めているかもしれないけど、これ以上彼を傷つけるわけにはいかなかった。
サンジは私の笑顔につられたみたいに、へらりと笑ってくれた。少しホッとして緩んだ私の手をサンジは掴み、いつもみたいに優しく笑う。水平線から現れる、白い太陽のようだ。

「朝から君の美しさにびっくりしただけさ」

そんなナミやロビンに言うような歯の浮くセリフを滅多にかけられることがない私は、柄にもなく少し頬が熱くなったから誤魔化すようにサンジに抱きついた。サンジは私の背中に手を回して、また「悪い」と耳をかすめるような小さな声で言ったけど聞こえないふりをした。ねえ、私だって悪いでしょう。


20180304
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