「ナマエ」と呼ばれて振り返ると、跡部がすぐそばにいた。跡部は私が開けっ放しにしたロッカーの扉を掴んで、空いた片手は隣のロッカーの扉に押し付けて、ぐいっと少し顔と身体を近づける。壁ドン、ではないけどそれに近い形だ。ファンクラブの子であれば絶叫そして失神ものだろう。私はファンクラブの子ではないので、うわ、睫毛長い、としか思わなかったけれど。
そのあと「お前が好きだ」と言われて私の眉間には皺が寄った。一瞬、理解が出来なかった。
オマエガスキダ?お前が好きだ?跡部が?私を?

「…恋愛感情で?」
「そうじゃねぇといちいち口に出さねぇだろ」

跡部も眉間に皺を寄せていた。告白されているというのに、なんだろう、なんか怒られてる時みたいだ。イラついているような感じがする。

「…あの、ちょっと、怖いんだけど」
「留学なんていつ決めた?」
「え」
「聞いてねぇ」
「いや、だって、正式に決まるまではさすがに、誰にも」
「人の気も知らねぇで」
「……」

まぁ、そりゃあ、知らない。
跡部が私を恋愛感情で好きだなんて考えてもみなかったし、実際のところ今だって「マジか」という感想以外思い浮かばなかった。
跡部は私の表情を見て、何かを諦めたようにため息をついた。言葉にするなら「まったく、こいつは」と言ったところだろうか。もう何度も聞いてきたため息だったけれどこんなに近くで浴びせられるのは初めてだ。
跡部が少し動くたびに、美しい花を連想させる香りがした。時間が経てば経つほど、なんだか身体が落ち着かなくて今更ながら心臓が早く、強くなっていく。苦しくはないけど、いつものように呼吸がスムーズにできない感じ。跡部がこんなに近いのは初めてだけど、たったそれだけなのに。

「…状況がよく分かってねぇだろ」
「あ、はい、なんか、よく、ごめんなさい」
「だろうな」

今度はいつものように「しょうがねぇな、お前は」と言うように跡部は笑った。いつもと同じような顔なのに、こんなに近いだけで何故こんなに頭の奥の血管がギュッと締め付けられるような感覚になるのだろう。
跡部が、私を、好き。

「まぁ、今返事を貰おうなんざ考えてねぇよ。お前の頭じゃ理解にしばらくかかるだろ」
「……」
「…なんて顔してんだよ」

なんて顔してるんだろう。分からない。
ただ、何だかものすごく苦しい。呼吸はできているけど、思考が上手くまとまらない。どうしたらいいか分からないから、多分私はどうしたらいいか分からない顔をしているんだろう。
跡部は少し困ったような顔をしていた。眉間に皺を寄せて、目を細めて、言葉にした通りなんて顔してんだよっていう顔をしている。けれど、すぐいつものキリッとした顔になった。ロッカーの扉を掴んでいた手で私の髪の毛をさらりと揺らして、跡部は言う。

「連絡する」
「え?」
「毎日、お前に」
「え?」
「留学中」
「はい?」
「そうでもしねぇと、俺を忘れるだろうテメェは」
「忘れるわけ…」
「忘れる。俺が告白したことも、今この空気も、感情も。記憶なんてそんなモンだ、特にお前みたいなのは」

貶されている気がしたけど、確かにその通りだと思った。きっと、三ヶ月もあれば私の中で今日の記憶は薄れるだろう。この妙な息苦しさも、頭の血管がギュッとなる感覚も、跡部がこんなに近くにいることも。そして跡部は中学時代からの良い友人、という今まで認識だけが残るのだ。容易く想像できる。

「俺様の目が届かねぇところに行くんだからな。それくらいさせろ」
「させろって…」

なんて傲慢な、と思ったが跡部らしいとも思った。何だかすごくノーが言いづらい。きっと断っても跡部は私に連絡してくるだろうし、今はまだ友人という関係だし私は断る理由もない。嫌でもない、のはまだ私が彼を一友人として見ているからだと思う。多分。
じゃあ、私は跡部と付き合うのか?
そういう風に考えるとやっぱり思考は停止した。わけがわからない。これって、答えを出さないといけない問題なのかな、出さなくてもいいかな、出したくないような気がするんだけれど。

「忘れるな、ナマエ」

跡部は笑った。いつもみたいに、余裕綽々で、敵なんかいない、何でも俺様に任せとけって、指を鳴らす時のように。

「俺は、お前が好きだ」

こんなに近くでその表情を見たことがなかったけど、跡部はとても綺麗な顔をしていた。これが見惚れるってことか、と思うくらい私はその表情を見て身体が固まった。
こんなの忘れようがないじゃないか。


20180227
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