バルティゴは乾いた土地だ。少し外に出ただけで髪や肌がガサつき、女性みんながお風呂上がりにはここぞとばかりに保湿をする。集まれば良い保湿方法についてが話題に挙がることも少なくない。固まった角質が問題だ、乳液先行もいいらしい、プレスは何秒がいいかしら、最後はオイルかクリームか、ニキビやシミだって気になるし、肌がスベスベになる悪魔の実があるらしいわ、なにそれほしい、エトセトラ、エトセトラ。
ともかく、我々女性陣はそんな風に乾燥から我が身を守ることに必死である。ひとたび保湿を忘れてしまえば次の日の化粧ノリは最悪、髪の毛も枝毛や切れ毛が目立ってブラシなんか役に立ちはしないのだ。もう一度言う、必死である。

「絶っ対忘れないでね!」
「あーはいはい」

サボが次に任務へ行く国は良質のオイルが有名な国だった。燃料、料理はもちろん、美容にも良いという触れ込みは女性であれば誰しも耳にしたことがあるだろう。今回は燃料用オイルが戦争諸外国へ異様に流れていることについての調査(可能なら阻止)らしいので美容用オイルは正直関係ないのだが、どうしても、私はそれが欲しかった。
サボはその国の資料を読みながら、私の願いを適当に流している。今までどんなにお願いしたって買って来てくれたことはないが、これだけは!これだけは今後の、私のなけなしの美貌に関わるのである。

「今回はコアラもハックも行かないからサボが頼りなんだよ!」
「いつもおれが頼りねェみたいじゃねェか」
「お土産持って帰る率においては頼りないNo. 1だよ!」
「それが人にモノを頼む態度か!?」

サボはそうツッコんだが、どうにも私のこの願いの重要さが分かってないような感じがした。証拠に、さっきから会話しながら右手のペンで書類に書き込みを入れている。どうせ書くなら、と私はサボの持っている書類とペンを奪った。

「おい」

サボが呆れた声を出したが無視して表紙の上の方に“オイル!!!”と書いてやった。「あーもう」とサボは私から書類とペンを奪い返し「遊びに行くんじゃねェんだぞ」と窘めた。

「分かってる、分かってるけど、ね!ごめんね、お願いね!」
「はいはい」


これが、一週間前の話である。
土曜日に帰ってくる予定だったサボたちは、海の気まぐれの影響で1日遅れで帰ってきた。みんなで出迎えて、荷物が行き交うところをスルスル抜けてサボのそばに行けば、サボは「ナマエ」と笑ったあと、すぐに「あ」とヤバイ、とでも言うような顔をした。

「悪い、土産忘れた」
「サボのバーーーカーーーー!」
「わひゅはっはっへ」

私がサボの両頬を思いっきり引っ張ると「悪かったって」と一応謝った。あれだけお願いしたのに、と落胆してサボの頬から手を離すとサボは片手で頬をさすりながら片手で荷物を私に渡した。いつもの洗濯物やら頼む、ということだろう。
はい、サボを頼った私がバカでした。結構期待してた分、それ以上何も言う気になれなくて荷物を受け取ると少し開いていたファスナーからあの時の書類が出てきた。
そうそう、この書類に書いたんだ、とそれを拾うと“オイル!!!”と私が書いた文字がグルグルと大きな丸で囲まれていた。何重も、忘れないように。これは、私が強調するために書いたものではない。
……一応、会議途中とかで、私のこと、考えてくれてたんだろうな、サボなりに。
そう思うと急にサボが愛しくなって、さっきまでの自分を反省した。私、自分勝手だ。
サボが不思議そうに「ナマエ?」と私を呼んだから顔を上げて、サボに笑いかける。恥ずかしながら、今日初めてサボに向ける笑顔である。

「…おかえり、サボ」
「ん、あァ」
「ごめんね」
「ん?」
「まずは無事に帰ってきて嬉しいよ、だった」
「いいよ。帰ってきたって感じだ」

ニカっと笑うサボに私もつられてニカっと笑った。うんうん、オイルは残念だけどこの笑顔にまた会えてやっぱり嬉しい。
一週間お疲れ様、おかえりなさい!と部屋に戻って抱きつくと、サボは「おお」と驚きながらもたくましい腕でギューと抱きしめ返してくれた。抱きしめられたら身体中から押し出されたみたいに笑顔が溢れてくるもんだから、私の不機嫌なんて、結局彼にかかれば跡形もなく消え去ってしまうのだと自分に呆れた。随分とお手軽なものである。



20180215
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