前髪、少し伸びたなぁ。
鏡の前で前髪を手のひらで押さえつけてみると、少し目にかかるくらいだったけどそれが無性に嫌だった。別に長すぎるわけでもない。切るとしてもほんの少しで、もしその少しでも間違えれば短すぎて悲惨なことになるかもしれない。見極めが大事になる長さだ。
でも、切りたい。
一度気になるともうダメだった。鏡、ガラス、瓶、いろんなところに映る前髪を見ては「切りたい」と思ってしまう。
そうして私は前髪を丁寧にブラシして「少しだけ、少しだけ」と息を止めながらハサミを入れるのだった。




「髪」

二人で海図と睨めっこをしていると、サボが不意にそう呟いた。私の方を見ているから寝癖でもついているのかと手のひらで探してみるが見当たらず「何?」と問う。
その瞬間思い出した、あ、これ?

「前髪?」
「そう。切ったか?」
「すごい、よく分かったね。誰にも気づかれてないよ」

前髪を少しだけ切るミッションは成功した。おかげでスッキリしたし、きっと数週間後にはまた「切りたい」とモヤモヤし始めるだろうが今の私には大満足だった。
そんな微かな違いに、恋人とは言えよく気づいたなぁと普通にサボに感心する。そんなにマメな男じゃないはずだ、一度遠征に出れば電伝虫の一本も手紙の一通も寄越しはしない。どれだけ私やコアラに怒られようが、変わりもしないそんな男だ。
そんな男、サボは片手で頬杖をついてニッと笑った。

「分かるよ」
「何で?変?」
「いや、いつも見てるから」
「……見てるの?」
「見てるよ」
「いつも?」
「いつも」
「私を?」
「ナマエを」

多分、私は真っ赤だ。サボはそれが楽しいのかニヤニヤした顔で私の顔を見ている。ああ、もう、そんなに見るな、と少し睨むとサボは海図の上に置いた私の手に自分の手を重ねた。ああ、もう。ああ、もう。

「サボー?」
「!」

誰かの声がして、二人してパッと離れる。部屋に顔を出した革命軍の同志は「ここにいたのか」と笑いかけ「ドラゴンさんが呼んでるぞ」とだけ言うと、さっさとどこかへ行ってしまった。
うう、心臓に悪い、顔も手もどこもかしこも熱い、目眩がしそうだ。サボをちらりと見ると、さすがのサボもびっくりしたのか小さく「……ビビった」と呟いたから笑う。さっきまであんなに余裕綽々な顔をしていたくせに。

「何笑ってんだよ」
「ううん、なんでも」

私がそう言うとサボは少し不機嫌そうな顔をして立ち上がった。「ドラゴンさんのとこ行ってくる」と言い、そのまま流れるように右手を私の口元に近くに持ってくる。
ん?なんだ?

「くそ、あと少しだったんだけどな」

サボの親指が私の唇をさっとなぞり、サボは表情も見せずに部屋から出て行った。
私はと言えば唇からまた身体中が熱くなって熱くなって仕方がなくて、机の上に置いた海図の上に突っ伏した。ひんやりした冷たさに目を瞑り、ふう、と熱を逃がすように息を吐く。
私だって思い出すサボの顔は横顔ばかりで、いつだってずっとサボを見てるよ、と言ってやりたいような、何だか無性に甘い気持ちになった。


20180214
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