数日前、見るからに悪そうな男たちに絡まれてしまった私を助けてくれたあの白髪で天然パーマの人は、かぶき町で万事屋をしている坂田さんということが分かった。教えてもらった店に行くと、眼鏡の男の子が「銀さん、お客さんですよ」と奥に勧めてくれる。なるほど、坂田銀時だから、銀さん。そういえば教えてくれた人も「ああ、そりゃ銀さんだな」と言っていた。
 廊下を歩いて部屋に入ると、真正面の窓の前に置いた机に足を乗せて週刊少年ジャンプを読んでいる彼と目が合った。あ、あのジャンプは今週号。眼鏡の男の子は「この間、助けたお礼をって言ってるんですが」と説明してくれたから慌てて頭を下げると、彼はあの時とは全く違ってのんびりとした、やる気のなさそうな声でこう言うのだった。

「覚えがねぇなぁ。そんな可愛い子助けてたなら一発や二発お願いしてるぜ、俺ァ」




「銀ちゃん、私のこと可愛いって思う?」
「全然」

 あの時みたいに週刊少年ジャンプを読んでいる銀ちゃんは鼻くそをほじりながら、私をちらりとも見ずに、さらには間髪も入れずにそう言った。私はどすん、と銀ちゃんの隣に座って氷を入れた麦茶を飲みながら銀ちゃんを見上げる。あ、鼻くそほじってない方、鼻毛出てる。

「…あの時の銀ちゃん、かっこよかったんだけどなぁ」
「銀ちゃんはいつもかっこいいだろーが」
「全然」
「まじか」

 少しはこっち向けよ、鼻くそ男。
 ぽつりと呟いた私の悪態もさらりとかわして、銀ちゃんはやっぱり鼻くそをほじりながらジャンプをめくる。今週のギンタマンのページを覗き見しつつ、その後にまた私は続けた。

「ねぇ、私がここに初めて来た時にさ」
「あー?」
「銀ちゃん、私のこと可愛い子って言ったの、覚えてる?」

 ぴくっ。
 銀ちゃんがジャンプを持っている手が少し動いたから、ギンタマンから目を離して銀ちゃんをまた見上げると、鼻くそをほじっている方の穴から鼻血が出ていた。ずぼっといってしまったらしい。明らかに動揺した顔で、明らかに動揺した震えた声で銀ちゃんは言った。

「おおおおおお覚えてるわけねぇだろ、そそそそそんな昔の話」
「ふーん…」
「だだだだだ大体、お前みたいなブスに俺がそそそそそんなこと」
「…あの時新八くんもいたよね、新八くんにも聞いてみる」
「待てええええええ!!!ナマエちゃん!ちょっと待とう!落ち着こう!ゆっくり思い返してみよう!?」

 いや、落ち着くのはお前だろ、と言いたかったけど面白かったしにやけを抑えるのに必死で言えなかった。
 銀ちゃんはジャンプを勢いよく手放して私の手首を掴んだまま、赤いんだか青いんだか、笑ってんだか笑えないんだか、とにかく変な顔をしている。そんな彼に向かって、私は「そうだね」と返してまたソファーに座った。

「まず、私がかぶき町で怖いおじさんたちに絡まれたよね」
「え、まじで思い返すの?え?え?」
「で、無理やり連れて行かれそうになったところを銀ちゃんが助けてくれて」
「ちょ、やめね?昔の話蒸し返したって何も楽しくねぇよ?過ぎ去ったことなんかさぁ」
「それから何日かたって私が銀ちゃんにお礼を言いに行ったら覚えてないって言われて」
「いやいやいやいや、俺覚えてないから、俺そんな昔のこと振り返らないから」
「一応お礼の品をあげて、私なんかちょっと悲しくて、その日飲み屋で飲んでたら偶然銀ちゃんが来て」
「ナマエちゃあああああん!!もうやめよう!?もう前を向いて生きていこう!?」
「一発二発お願いされちゃって」
「してねぇよ!!銀さんならいいってお前が言ったんだろーが!!」
「覚えてるんじゃん」
「…!!」

 私の肩を掴んで抗議していた銀ちゃんは、今度こそ真っ赤になって固まった。私はついににやけが抑えきれなくて、笑ってしまう。

「やっぱり私のこと、可愛い子って言ったよね?」
「だーかーらぁー!」
「じゃあ新八くんに聞くよ?」
「だあああああ違う!違ぇから!」
「何が?」
「別嬪さんっつったんだよ、俺ァ!」
「…」
「あっ」

 銀ちゃんはまた口を滑らせて、また変な顔をした。もう私は可笑しくて可笑しくて、銀ちゃんを見ながら笑う。「覚えがねぇなぁ。そんな別嬪さん助けてたなら一発や二発お願いしてるぜ、俺ァ」だったのか。

「銀ちゃん、初めて会った時は本当にかっこよかったのになぁ」
「うるせーよ!何なんだよお前は急に!寿命縮んだらどうしてくれんだ!」
「大袈裟なー。でも、そっかー。別嬪さんかー、それも嬉しいなぁ」
「あーーーもーーーいいだろ黙れよマジ銀さん怒っちゃうよ?キレちゃうよ?ガツンといっちゃうよ?」
「私ね、あの夜銀ちゃんと飲み屋で偶然会ってね、笑われるかもしれないけど、運命だってね、思ったんだよー」

 途中から言ってて恥ずかしくなったから、銀ちゃんから目をそらしたら銀ちゃんが私の肩を掴んでいた手に力をいれた。びっくりして銀ちゃんを見れば、銀ちゃんも目をそらして、口をもごもごさせて「俺ァ、」と小さくぽつり。

「初めて見た時からだし。お前より早く思ったし」

 真っ赤も真っ赤、まるでゆでだこ。
 私だってきっとそうなんだろうけど、銀ちゃんは頑なに目をそらしているから気付いていない。もう私は銀ちゃんが可愛くて可愛くて、愛しくて愛しくて、痛いくらい掴まれた肩も気にならないくらいで、真っ赤な顔を見られるのは恥ずかしかったけど「銀ちゃん」と小さく呼んだ。
 銀ちゃんはやっぱり私を見なくて、やっぱり鼻毛が出ている。
 そして「っつーかよぉ」と未だに真っ赤な銀ちゃんはやけくそみたいに笑って、やけくそみたいにこう言うのだった。

「助けた別嬪さん探してそこらへん歩き回ってた男心分かれよ、この、ブス!」

 後から新八くんに聞いたら「銀さん、ナマエさんが帰ったあとここら一帯探して回ってたらしいですよ。僕にばれるのが恥ずかしかったみたいで」だ、そうで、なんというか、ブスと言われたあとは軽く喧嘩になったわけだけど、やっぱり、こう、あれだよね、銀ちゃんって、可愛いよね。というわけで今夜も一発や二発、お願いされますか。


20130708
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