『日本代表持田選手、酔っぱらってアイドルに猛烈なキス!』という見出しが書かれた週刊誌を、サッカー雑誌を読みながらごろごろしている日本代表持田選手に放り投げたら「…俺じゃん」と憎たらしい答えが返ってきて大声を出したかったが、ぐっとこらえて「どういうこと?」と問いかけた。

「原宿の、いや新宿だったかな、そこのバーで…ってお前も行ったことあ」
「そういうことじゃない!」

 ぐっとこらえたけれどこらえきれず、大声は私の口から飛び出した。そんな大声に殴られたみたいな驚いた顔をした持田は雑誌をぺらりとめくって一瞥して、また言う。

「ほら、そのまま別のタクシーへって」

 それ以上は何にもねぇよ、ということを言いたいらしい。
 は?だから何?キスはしたんでしょ?なんなの?それが?

「あー……もう…」
「何」
「やだ…」
「は?」
「もうやだ、あんたといるの、やだ」

 後半は震えて、泣きそうだった。本音を言っているのに何でこんなに苦しいのか分からなかったし、言いたい言葉でもあり言いたくなかった言葉であるからだ。
 持田はそれこそ「意味分からん」というような顔で、眉間に皺を寄せて体を起こす。その間に私はさっきの週刊誌を取ってゴミ箱に投げ、テーブルに置いていた車の鍵と財布を掴んだ。

「おい、ナマエ」
「じゃあ」
「じゃあ、じゃねぇよ、おい」

 「さよなら」だと、きっと声が震えまくってかっこ悪いだろうから短く言ったら持田がどすどすと追いかけてきた。あ、携帯忘れてた、と気付いたけれど今更戻るわけにもいかず、逃げるように玄関へ向かう。
 慣れた鍵をガチャッと回して、ドアノブに手をかけて押すと、少し外の空気が入ってきたくらいのところで後ろから持田がバン!と無理やり私の手と一緒にドアノブを引いた。
 意外と大きな音がして、今まで静かに早くなっていた心臓はついに大きく跳ね上がって、ものすごいスピードで動き始める。
 やだ、怖い。

「何してんの」

 怖い、持田は怖い。
 一気に、不機嫌になったときの持田だった。いつもなら私に矛先が向くことはほとんどなくて一人でキレているだけだから「またか」と放っておくことができたが、今回は目の前の、壁とドアと持田の腕にほとんど閉じ込めたところにいる私が矛先なのだ。
 もしかしたら殴られるかもしれないと思った。持田は、そうなのだ、そういうことも平気でしそうな、そんな男だ。

「なぁ」
「…」
「なぁって」

 だんだんと持田の声は荒くなる。何か言いたくても、何も言えなかった。絶対に声が震えるし、もしくは泣くのだろうと思う、私は。目だってもう、何かの拍子に涙がこぼれてしまいそうなほどだった。
 そんな目で持田を見たら、持田は眉間の皺をさらに深くさせる。あぁ、やだな、もう、私たち、終わりかな、そんな目。
 す、とドアノブと一緒に私の手を掴んでいた持田の手が引いていった。持田は険しい顔のまま自分の手を見て、その後に私を見た。
 その目は、少し前に、「俺、足、もうダメかも」とふと、気づいてほしいけど気づいてほしくないみたいな声で私に言った時の目に似ていた。私の目からはついに涙が零れる。

「ごめん」

 たった三文字、その最後の文字が言い終わるか終わらないうちにわたしは持田の鍛えられた胸に抱きついた。持田は驚いた声も出さず、私をぎゅっと抱きしめて耳元で言う。私にしか聞こえない、くぐもって低い声。

「お前しかいねぇよ」

 知ってる、本当は知ってた、私が一度もあんな週刊誌に載ったことがないのは持田のおかげだからだ。持田が私を大事にしてくれるからあんな週刊誌に載らないように、こうやってひっそりと二人のマンションを買ってくれたし外出も気をつかってくれる。
 ただちょっと、自由奔放で、気ままで、自分勝手で、何でも自分のものになると思っていて、かなり王様気質なだけなのだ。
 持田の手が私の左手にやってきたと思ったら、無理やり財布と車の鍵を落とされた。そんなことしなくてもこんな貴方を置いて逃げないよ、私。馬鹿な人。


20130712
お題 by 恭子さま
ありがとうございました!
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