「暑い」と呟いたナマエは僕がジュンコたちのために汲んできた水の入った桶に足を突っ込んでいた。暑いのは僕も同じで、そのおかげであまり怒る気にもなれず「ナマエ」と軽く注意すると「だってぇ」と間の抜けた返事が返ってくる。

「夏ってこんなに暑かったっけ…」
「さぁ…。ほらナマエ、足を上げて。ジュンコたちを水浴びさせるから」
「うう、孫兵は私より」
「ジュンコだよ」
「恋仲なのに…無常」

 ナマエは桶から足を上げると、ふざけて念仏を唱え始めた。少々おかしいのは毎度のことだ、そのまま無視してジュンコたちに水をかけてあげるとナマエは上着を脱ぎ始めた。

「ナマエ、こんなところで」
「暑いから誰も来ないよ、こんなとこ」

 確かに、生物委員会の小屋があるこのあたりは日陰が少なく滅多に人は来ない。今は卒業してしまった竹谷先輩が三年前に作ったものだが、生物のことを考えるともっと涼しいところにするべきだったんじゃないだろうか。…僕のペットたちが危険だからここにしたのかもしれないけれど。
 そんなことを考えていると、ジュンコたちは水浴びに満足してしまったのか小屋に帰ろうとしたり、逃げ出そうとしていた。慌てて捕まえて小屋に戻し、少しでも涼しくなるように残った水を小屋の周りに撒く。

「さぁ、これで少しは涼しいよ」
「いいなぁ」

 ナマエが呟くから振り向けば、ナマエは肩衣の襟の部分を大きく開けたり閉じたりして、風をおこしていた。座っているから僕の位置からだと少し胸が見えそうだ、少なくともさらしは見えた。さらしと肌の境界線に汗をかいているのも見えた。それにしても白い肌だ、ジュンコのような、綺麗な蛇を思わせるような、艶めかしい、柔らかくて、吸い付きたくなる、

「孫兵?」
「あぁ…ごめん、なに?」
「いや、ぼけっとしてるから。暑さにやられた?」
「…かもね」

 こんなところでこんなナマエに掻き立てられるなんて。色気も何もない、あぐらをかいてるじゃないか、彼女が言うように僕は暑さにやられてしまったかもしれない。

「ジュンコたちばっかりに気をとられてるからだよ」
「今日は特別暑いから」
「心の中はペットのことばかりだね」
「…」

 さぁどうだろう、今は割と君のことでいっぱいだけど。と言おうとけれど、やめた。やっぱりどうかしてる、こんな昼間からこんな場所で。
 ナマエも僕をおかしいと思い始めたのか、少し焦ったように「お部屋戻ろうか」と立ち上がった。僕の手から桶を奪い取り、逆の手で僕の手を掴む。

「僕は別に大丈夫だよ、ナマエ」
「分かんないよ、急にくるもん、暑さって。そんで長引くんだよ」
「…確かに、しばらく治りそうにない」
「え?」

 ぼそっと呟いた声に、ナマエは今度は心配そうな顔をして振り向いた。本格的に僕の体調が悪くなったと思ってるみたいな顔だった。
 僕の意識を殴り倒そうとしているみたいな日差しは廊下にも降り注いでいる。あぁ、もう、意識はともかく理性は焼き尽くされてしまいそうだ、ナマエの首筋には汗で蛇のような髪の毛が張り付いていて、僕を誘っていた。そんなに見つめられると、たまらないじゃないか。

「別に。僕にも人並みに性欲はあるよって話」

 と
  


 
   



 このまま、真っ赤になって驚いてる君の視界を一回転させてあげたいなぁ。


20130711
title by 夏さん
ありがとうございました!
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