「わー暑い、もー暑い、ぎゃー暑い」
「うるせぇ」
「跡部景吾様ともあろうお方が何でクーラーつけないのおおおお」
「壊れてんだよ、これくらい我慢しろ」
「扇風機とかないのおおおお」
「ねぇよ。メイドにでも扇がせるか」
「いやいやそれはちょっと」

 ぐったり。跡部邸の大きな窓は開け放されているけど、生温い風が吹いてくるだけで全く有り難くない。何でこのタイミングで壊れるんだクーラー。整備士くらい常勤してそうだけどそうでもないのか跡部家。
 さっきミカエルさんに貰ったアイスはもうぺろりと食べあげてしまったし、その際に入れてもらったアイスティーのグラスは私と同じくらい汗をかいている。
 跡部をちらりと見れば、本を読みながらも額から汗が流れていた。それでも絵になるのだからイケメンってすごいな、そしてその彼女とか私すごいな、っていうか悔しいけどほんと景吾かっこいい、ずっと見ていられそう。

「…そんなにいいか、てめぇの彼氏は」
「いやーすごいね、お人形さんのようだね」
「茶化してんじゃねぇよ」

 景吾はハッと鼻で笑うと、読んでいた本を片手で持って水滴だらけのアイスティーのグラスを持った。ぽたぽたと水滴が垂れるのも構わずに、喉仏を上下させてアイスティーを飲み干す。はぁ、と零れる吐息がまた色っぽい、ファンからすれば悲鳴ものだろう。私からしてみれば「景吾かっこええ」って感じだ。
 景吾はグラスをテーブルに置くと、少し濡れてうねった前髪をかきあげて呟いた。

「…プールでも入るか」
「えー」
「水着ならやるぜ」
「えー」
「暑いんだろ」
「だるーい」
「…」

 私の発言に、景吾は呆れたような目を向けた。おお、なんて冷たい目だ、怖い怖い。

「よし」

 何が「よし」なのか景吾は椅子の肘掛けに手をついて立ち上がり、私を見下ろした。
 なんだなんだ、と見上げれば、手首を引っ張られてびっくりしている間にあれよあれよとお姫様抱っこをされる。

「ぎゃー!ぎゃー!何!何!景吾!ちょっと!」
「うるせぇ、暴れんな」

 恥ずかしいのとびっくりで騒げば、私の抗議なんか聞く耳もたない景吾がそう吐き捨てた。
 部屋を出て廊下を行けばミカエルさんやメイドさんに笑われながら見守られ、恥ずかしいったらありゃしないのでずっと「あーーーやだーーー最悪ーーーー」と悪態をつくが、景吾には無視された。
 パッと日差しが私を襲って、外に出たことと、日焼け止めを塗り忘れていたことに気付いて「あっ」と声を出すと、その瞬間に投げられた。
 もう一度言う、投げられた。落とされたのではない、投げられたのだ。

「ぎゃあっ!!」

 可愛さとはなんぞや、私は本能のままに叫んでプールに沈んだ。とても涼しかったけど、服が水を吸って重いし呼吸も続きそうになかったので慌てて水面に向かって顔を上げる。

「ぷはっ!あーーーとべえええええ!!」
「不細工」

 景吾は私の顔を見て可笑しそうに笑うと、自分もプールに飛び込んだ。私のすぐ隣に飛び込むもんだから水しぶきがまた私を襲って、また「ぶっ」と可愛くない声を出してしまう。こんにゃろう。

「涼しいじゃねぇか」
「涼しいとかそういう問題じゃない!」

 怒りながら水を思い切りかけると、景吾は眉間に皺を寄せて「てめぇ」と低く呟いた。ざまーみろ!

「もーびしょびしょ」
「着替えくらいやるよ」
「落とされるなら水着に着替えればよかった」
「だから言ったじゃねぇか」
「いやいや」

 お前な、と怒ろうとすれば、景吾は濡れた手で私の額に張り付いた前髪を整える。そのまま流れるように髪を右肩に集めて束ねると、ふっと笑って、一言。

「いいな」

 低くて、水を弾くような、暑さも溶かす声だった。さっきまで腹が立って仕方がなかったのに全部、一瞬忘れるくらい。
 お人形さんのような顔をした彼は私のその一瞬を逃さない、束ねた髪の毛をくんっと軽く引っ張って私の頬にキスをした。

「家じゃなけりゃ、このまま食ってるんだがな」


忘れられない夏にしようよ


「恥ずかしい奴め、いつか思い返して死にたくなるよ絶対」
「それはお前だろ、ブラ透けてるぜ」
「ほんと最悪、食らえハイドロポンプ!」
「ぶっ」
「ははは!ぶって言った!景吾が!ぶって言った!」
「うるせぇ」
「ぎゃあ!」


20130709
title by まこさま
ありがとうございました!
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