Swindler | ナノ


▼ 指輪が唄う過去4

 私にとっては見慣れた部屋。豪華で繊細な装飾が施された温かな室内。私はこれから起きることを知っていた。やめてと叫ぼうとしても、言葉は出ない。ベッドの上で眠る「私」に――マルグリットに逃げなさいと言ってやりたい、駆け寄りたいのに足は地面に張り付いたように動かなかった。

 部屋に入ってきたトムは、これからする悍ましい行為が似合わないようなシャツにスラックスという爽やかな服装だった。楽しそうにマルグリットの眠るベッドの横に杖を置いて、部屋を出て行く。ああ、この男はどこまで残酷なんだろうか。

 もう見ていられず、顔を両手で覆った。この後、何が起きるのか私は知っている。これからマルグリットが何をするのかを。

 ――私自身が犯した大罪だから。いくら諸悪の根源が、元凶がトムとはいっても、私がしてしまった事実は消えない。いっその事死んでしまいたい。

 トムが部屋に戻ってくる。目は虚ろで、杖を持った杖腕をだらりと下げたままのトムは、マルグリットに向かって杖を向けてゆっくりと蘇生呪文を唱えた。

 目を覚ましたマルグリットは視界に入ったトムを見て一瞬固まったが、母親を殺されたことを思い出して怒りで歯を食いしばるとベッドの横に置かれた自分の杖を掴んで「エクスペリアームス!」と武装解除の呪文を叫ぶように唱えた。

 嗚呼、トムの言う「火花散る喧嘩」がこの決闘を指し示すなら、トムはいったいどれ程残酷なのだろうか。

 マルグリットの放った呪文を無言呪文でいなしたトムに益々怒りは燃え上がったらしい、徐々に呪文は攻撃的になって行くマルグリットに私は止めることもできず悲惨な思いで見つめた。

「アバダ ケダブラ!」

 遂に放ってしまった死の呪文に、先ほどまでの攻撃呪文をいなす杖捌きをピタリとやめたトムに当たる。ゆっくりと地面に向かって倒れていく姿を見たマルグリットは殺人を犯したことへの戸惑いと仇を討った悦びが混ざり合った形容しがたい表情を浮かべていた。

「いやああああああああああ――!」

 マルグリットの少し残忍さも取れる表情が、倒れ伏したトムの元にたどり着いた瞬間絶叫へと変わった。私は知っている、殺してしまったその人が愛しい――婚約者だったことを。倒れたトムの亡骸が、徐々に姿を変えてノア・ジョーンズになったことを。

 この後のことは、見なくても分かる。全て、全て、思い出した――。


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