▼ 紅に魅了される4
「僕は思うんだ、ニワトコの杖は実在するんじゃないかって」
会話に終わりが見えそうな時、突然トムがそう切り出した。瞠目する。トムがおとぎ話を本気にしているのに驚いたからじゃない、黒い瞳が全てを魅惑するような赤に一瞬だけ染められたから。
好奇心を抑え切れず、思わず彼の目元を指で撫でる。私の様子から察したらしいトムは抑えてたのになと苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「何故抑えていたの?」
「不気味だろ」
「そんな事ない。とても綺麗だと思うわ」
言った瞬間、後悔した。ポロっと漏れ出てしまった心からの言葉、それを聞いた瞬間トムが再び瞳を赤く染め上げて、私を射抜くように見つめたから。狂気の色だとも思った。まるで蛇に睨まれた蛙のように、視線に囚われて動けない。
「記憶がなくなっても、君は君だね」
獲物を狙うかのような視線は一瞬で、トムは次の瞬間には酷く甘ったるい表情を浮かべた。段々と接近する顔にキスされると察したけど、不思議と嫌だとは思わなかった。きっと、彼の赤い瞳は全てのものを魅了してしまうんだろう。思考回路が麻痺していく。
「嫌だった?」
同じ質問。それでも、初めてキスした時と違ってトムの目は妖しく赤く光る。ゾッとするほど自信を孕んだその瞳に魅せられたのか、私は無意識に首を振った。
「不思議なことに、嫌じゃなかったわ」
初めて、自分からトムに近づいた。記憶が戻ってないからか。余りにも美しいからか。それか、私への執着心に絆されそうなのかもしれない。駄目だと理性は警告しているのに、彼を自分のものにしたいと本能が叫ぶ。この酷く美しい人間を、手に入れたいと強く感じた。
「記憶が戻らなくても、貴方は私のものになる?」
「違うよ、君が僕のものなんだ」
ニヤリと片側の口角を上げ、意地悪な笑みを浮かべたトムは両手で耳の後ろ、髪に指を差し込むとそっと私に上を向かせた。じわりと熱くなる頬に、美形って反則だと頭の片隅に思う。
本能に身を任せ、渇きを潤すように唇に貪りつく。これではまるで、お互い飢えを満たそうとする獣のようだ。彼の冷たい手に反して焼けるように熱い舌の熱を感じながら、私は腕を引っ張られカウチから引き起こされる。そのまま縺れるように移動し、背中からベッドに倒れこんだ。
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