▼ 紅に魅了される3
トムとの生活は思いの外上手く行っている。この家には私とトムだけが住んでいて、時折アブラクサスが仕事の関係だとかで訪れることもあった。昔学友だったという割に、私とは挨拶だけでトムの書斎に消えてしまう。
そんな時間は、むしろ一人で入れる貴重な時間で私にとっては諸手を挙げて歓迎したいものだった。何故ならトムが留守のときは基本的にマンソンジュが世話をすると言い張って常に隣にいる。その上トムは留守にする時を除いて私のそばにいたので息が詰まるのだ。
勿論、魔法が使えなくとも苦労知らずなのは彼とマンソンジュのおかげではある。息が詰まりそうだけど、ある程度満たされた生活だ。消えた手首のアザを思い出すたびに、私は記憶を失ったままでいる方が幸せなのかもしれないとも思う。
トム・リドルという男には二面性がある……少なくとも私にはそう思えた。私を見つめる瞳はいつも優しくて気遣いに溢れている。それでいて、黒い瞳の奥底に不遜さや執着心が見え隠れしているのだ。アブラクサスへの傲慢な態度に、私をまるで見張っているような扱い。
もし記憶が戻ったら……新しい杖が手に入り使いこなせるようになったら――此処から逃げ出した方がいいのかもしれないことは頭の片隅で理解していた。そうはいっても、とてもじゃないが逃げ切れないだろうことは、たまに見え隠れする執念深さが結末を物語っている。だからこそ、深くは考えずに私はこの生活を受け入れることにした。
今日もアブラクサスと書斎にトムが引きこもっている間、私はカウチに横たわって借りていた本から適当に童話を選んで読んでいた。扉が開き、微かな足音が段々と大きくなる。どうやら、トムが戻ってきたらしい。
「何を読んでるんだ?」
「吟遊詩人ビートル」
「ふーん、お気に入りは?」
「三兄弟物語かしらね、透明マントなんてあったら素敵だと思うわ」
「ニワトコの杖じゃなくて? マントなんて何に使うんだい?」
視線を外さず、カウチに横たわったままおざなりに答える。心底びっくりしたような声をあげたトムが私から本を取り上げ、強制的に視線を引き寄せた。
――死を出し抜けるなら、記憶が戻った時に貴方からも逃げきれるじゃない
本音は言わず、冒険にぴったりだからと笑えば、トムは相変わらず発想が可愛らしいねと微笑む。トムなら何が欲しいと質問し返し、適当に言葉のキャッチボールをしながら思う。記憶が戻った時、トムと私の関係はどのように変化するのだろうか。
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