Swindler | ナノ


▼ 私を知るひと、知らない私5

「アブラクサス、すまないな。前にも紹介しただろう、恋人のマリーだ……記憶を失ってしまったようでな」

 トムは私に対する態度とは打って変わり高圧的な態度で言った。不遜な物言いは若い男には似合わない気もしたが、彫刻のような美貌のトムには不思議と馴染んでいる。アブラクサスはトムの言葉に合点がいったと言うように頷くと、私にもう一度視線を合わせた。

「そうだったのか、マリー。君が余りにも小動物らしく振舞うからタチの悪い冗談かと……怯えさせてしまってすまない。まさか君がヴォルデモートと暮らしているだなんて想像しないだろう」

「アブラクサス、学生時代のあだ名はよせ」

 トムが少し苛立ったように言うと、アブラクサスは慌てたように早口で「申し訳ない、トム」と言った。

 ヴォルデモートとは、学生時代にふざけ半分でつけるには随分と仰々しいあだ名だった。私の訝しげな視線をトムは笑顔で受け止めると、ヴォルデモートの名に触れることなく続けた。

「マリー、彼はアブラクサス。彼を見ても何も思い出せないかな? 僕ら3人はホグワーツで一緒だったんだ」

「ごめんなさい……ホグワーツって?」

「いいんだ。それより、ホグワーツ含め君は色々常識すら忘れてしまってるようだから説明するよ。部屋に戻ろう」

 トムは腰に手を回すと促すように歩き出した。私もつられて2、3歩と歩き始める。途中でどうしても気になったアブラクサスを振り返ると、彼は面白いものを見るような目で私たちを見つめていた。

 私と目が合うと、笑みを深め口元に人差し指をやり、しーーと子供に静かにするよう言い聞かせるような仕草を取る。人を面白い余興のように見る目が不快で、思わず眉を寄せた。

「マリー?」

「なんでもないわ、トム」

 トムに促されて、前を向いて階段を上る。まるで死刑執行の場へ連れていかれるように足が鉛のように重く感じられた。アブラクサスの口ぶりから、トムがこの家の所有者であることは間違いなさそうだ。彼は私を元から知っているようだったし、トムの言ってることも全て正しいのかもしれない。


 何かがおかしい。決定的な何かが。
 耳の奥で警鐘を鳴らすように嫌な音がした。


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