Swindler | ナノ


▼ 私を知るひと、知らない私2

 扉が、カチャンと音を立てる。鍵が開いたのだ。どうしてと呟き、シーツをより強く巻き付けた。ゆっくりと開き、入って来た男は何か棒を持っていた。それが何かは分からない。

「一度落ち着いて、話し合おう」

 ゆっくりと男が棒を振ると、部屋に明かりが灯った。暗闇では分からなかったが、酷く洗練された内装だ。今はその家具1つ1つの美しさに感嘆する余裕なんてないけれど。きっと突然知り合いに無礼な態度を取られ男も困惑してるのかもしれない、困った様に髪をかきあげながら溜息をついている。

「マリー、言う事を聞いて」

 優しげな物言いだが、その声には圧があった。逆らえないと身体中の細胞が訴えている。逆らうなとその男から発せられた威圧とも言える圧倒的なオーラ。ゆっくり近くに歩み寄れば、良い子だと頭を軽く撫でられた。俯くしかない、何故逆らえなかったのか自分でもよく分からなかった。

「何かあったの? 様子が変だよ」

「分からない……貴方は誰? 私は? 私の名前はマリーっていうの?」

 一度喋り始めたら止まらない。堰を切ったように、涙を流しながら分からないと続ける。分からない、分からない、分からない――何も分からない。此処がどこかも、自分が誰かも、この男が誰なのかも。分からない事がこんなにも恐怖を生み出すなんて知らなかった。

「大丈夫だよ、僕がいるから」

 ゆっくりと、シーツごと全てを包む様に抱きしめられる。ヒュッと喉がなる。呼吸ができない。それでも、背中をポンポンとあやすように撫でられて何処か力が抜けていった。

「今の僕に抱き締められても、怖いだけだよね」

 ごめんねと続ける彼に首を振る。ホッとしたのは本当だから、平気だと小さな声で呟いた。それを拾った男は良かったと微笑む。それから男はトム・リドルだと名乗った。マリー……私の婚約者らしい。

 トムは私をカウチに座らせると、目の前に跪き、優しく手を握りながら私を見上げた。されるがままになっている私の目をじっと見つめ、微笑んだ。

「記憶を失っても、僕は君のそばにいたい。許してくれる?」

 そんなふうに聞かれなくても、私には他に行くあてもない。おずおずと頷く私に、「良い子だね」と言ったトム。その様子に少しの違和感を抱く。仮にも、婚約者である女性に、物分かりのいい小さい子やペットに対する言い方をするだろうか? それでも、何も言えない私は臆病者だ。俯いた時、自身の手首に赤い痣があるのが見えた。


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