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▼ 大切な失くしもの2

 遠足の日、昨夜遅くまで濡れたまま庭を探し回っていたせいか熱が出てしまい私は一人この薄ら寒い孤児院で留守番することになってしまった。

 もしかしたら、トムは私と一緒に残ってくれるのではないかと淡い期待もあったが、出かける支度をしたトムが私の部屋に立ち寄ったので期待も打ち砕かれた。

「体調はさっきより良くなった?」

「朝起きた時と比べるなら、むしろ悪化してるわよ」

「それもそうか……」

 眉を下げ笑ったトムの表情は至極優しい。汗でペタリと額に張り付いた前髪をそっとどけて、おでこに氷嚢を置いてくれる。少しばかり頭の上に乗せるには重たかったが、彼の不器用な優しさが嬉しかった。

「遠足行きたかったなあ」

「楽しいものでもないさ」

「……なら、一緒に残ってくれればよかったのに」

 拗ねたような私のセリフにトムは目を丸くした後、困ったように笑った。まただ、今日のトムはよく眉を下げる。それでも彼の瞳は意志の強さが表されてるのか揺れることがない。

 わざと舌打ちすればトムは小さい子をあやすように――あやしてる姿を見たことはないので想像だ――頭を撫でてくれた。

「寝て待ってれば、すぐ会えるよ」

「そうね、いってらっしゃい」

 楽しんできてと言ったら、トムは意味ありげに楽しむつもりだよと笑った。その目が見たことないくらいギラギラしていて、思わず背筋がぞっとした。遠くに行ってしまうような気がして、思わず袖口を掴む。

「大丈夫、寝てれば何もかも良くなる」

 私の指をそっと解くとトムは私の瞼に手をかぶせた。突然の暗闇に非難の声をあげようとしたがそれは音になることはなかった。心地よいまどろみに身を任せれば、トムの気配が離れて行くのだけはわかった。眠っていた私には彼の表情は分からない。

「おやすみ、アビー」

 ただ、まどろむ中聞こえてきた彼の声は酷く優しいものだった。


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