immature love | ナノ


▼ 夏休み5

 夜、ソフィアはのどの渇きで目を覚ました。トンクスが滞在している時にお菓子を食べすぎたのかもしれない。

 脇机の水差しからコップに水を注ごうとするが、水差しには数滴しか残っていなかった。こういう時に、成人の魔女であればアグアメンティが出来るのにとソフィアはため息をついた。

 布団をどけて、ソフィアはガウンを羽織った。起き上ったソフィアを、窓際に停まっていたガニメドが不思議そうな顔で見つめている。ソフィアが階段を降りると、話し声が聞こえてきた。すっかり暗くなった廊下で、リビングから明かりが漏れている。両親はまだ起きているらしかった。

「一昨年はクィレル、昨年は秘密の部屋だ」

 部屋に入って声をかけようとしたが、聞こえた単語に思わず足を止めた。ドウェインが深刻そうに話している。

「この二年間を見ていると、ソフィアがまた何かに巻き込まれるんじゃないかと……」

 クレアが憂鬱そうにため息をついた。

「クィレルに良心があったから良かったけれど、あの子ったら例のあの人の僕に自ら出自を明かすなんて」

 ソフィアの心がズキリと疼いた。自分の浅はかな行動への罪悪感のせいか、クィレルを例のあの人の僕と言われたせいか、それともクィレルの優しさを思い出したせいか……どれが原因かは分からなかった。

「クィレルを悪く言っちゃいけないよ。彼はソフィアを守ってくれたんだから」

 ドウェインが注意した。

「ごめんなさい。悪く言うつもりはなかったのよ」

 クレアはすぐに謝った。本当にクィレルを悪くいうつもりはなかったような雰囲気だった。

「それよりも、最近はアズガバンが不穏だ。クレア、この前私はファッジの護衛でアズガバンの視察に同行しただろう?」

 ドウェインが深刻そうに言った。

「何かあったの?」

 クレアが固い声で続きを促した。

「看守たちが、シリ――ブラックが、このところ寝言を言うって報告してきたんだ。いつも『あいつはホグワーツにいる……あいつはホグワーツにいる』と繰り返し言っていると」

 ブラック? シリウス・ブラックのこと?

 シリウス・ブラックといえば、爆発呪文で十三人もマグルを殺した大罪人だ。例のあの人の一番の僕と言われている闇の魔法使いが、ホグワーツにいる誰かを狙っている。ソフィアは耳をそば立てた。

「でも、アズガバンにいるのよ? 脱獄なんてあり得ないわ」

「……そうだね。ただ、どうにも不安なんだ。この二年間、例のあの人の魔の手がホグワーツに迫っている」

 ドウェインが思い詰めたように言った。

「それに、あいつは知ってるんだぞ」

 ソフィアは足が地面に張り付いたかのように動かなかった。あいつは知ってる? いったい何を知っているのだろうか。それは知られていてはまずいことなのだろうか。

「ドウェイン……」

 クレアが気遣うような声を出した。

 沈黙が流れた。ソフィアは聞き逃すまいと、気配を殺してドアにさらに近づいた。

「私たちは心配しすぎなのよ。アズガバンは脱出不可能の監獄よ? これまでどんな恐ろしい死喰い人でさえ脱獄できた人はいないもの」

 クレアが励ますように言った。

「それに、ソフィアも私たちが知らない間にすっかり立派になったわ。監督生にも選ばれて、今日はあなたに誰かを守れるようになりたいと言ったんでしょう?」

 ドウェインはクレアの言葉に今日の昼過ぎのやりとりを思い出したのか楽しそうに笑った。

「全くだよ。子供の成長は、僕たちが思うよりもずっと早いね」

 誰かが立ち上がる音がした。ソフィアは盗み聞きをしていたことがバレないように、抜き足差し足で来た道を引き返した。ソフィアは自分の部屋に戻ると、慌ててベッドに潜り込んで布団を頭から被った。

 暫くして、階段を登る音がした。キィと音を立てて扉が開き、少しばかりの光が差し込む。ドウェインかクレアがソフィアの様子を確認しているようだ。暫くして、扉は静かに閉まり、足音が離れて行った。

 ソフィアはパチリと瞼を上げた。シリウス・ブラックがホグワーツにいる誰かを狙っている。ハリーのことだろうか。そこまで考えて、ソフィアは勢いよく起き上がった。

 ブラックは知られてはまずいことを知っているらしい。ソフィアは着ていたパジャマの胸元を握りしめた。恐怖で心臓は早鐘のようになっていた。

 例のあの人に己の存在を知られてはいけないことを、ソフィアは去年知ったばかりではないか。

 アルバータ・マッキノンに子供がいることをブラックが知っていたら? 「あいつ」が、ソフィアのことを指していたら? 例のあの人に存在をバラしてしまったら――?

「考えすぎよね……」

 ソフィアはもう一度布団を頭から被った。

 シリウス・ブラックはアズガバンに収容されている。ここから数百キロも離れた絶海の孤島で、恐ろしい看守に見張られているのだ。心配なんてする必要がないはずなのに、ソフィアは何か起きるような気がしてならなかった。

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