▼ 秘密の部屋4
ソフィアが瞼を開けると、暖かな寝室のベッドではなかった。瞬きを繰り返すと、周りのぼんやりした物影が、突然はっきり見えるようになった。
凍るような静けさの中、薄明かりの部屋にソフィアはいた。冷たい石の壁に囲まれた、酷く陰鬱な部屋だ。石で出来た滑らかな床に、ソフィアは横たわっていた。
静けさに包まれ、ソフィア以外に人の気配がまるでない。生き物の代わりに、蛇が絡み合う彫刻が施された石の柱が、上へ上へと聳えている。天井は暗闇に溶け込み、部屋の高さがどれほどあるのか分からなかった。
左右一対になった蛇の柱が、並んでいる。柱の奥に、部屋の天井に届くほど高い石像が、壁を背に立っているのが目に入った。ソフィアは、柱の間を通って石像に近付いた。
クィレルの最期を見た見た時と、似た感覚だった。見たこともない景色なのに、あまりにも細部まで鮮明に確認できる。ソフィアはまじまじと自分の足を見た。しかし、以前の夢と違って、ソフィアは好きに歩き回ることができるようだった。
石像は、長い時を刻み込んだような、年老いた猿のような顔をしていた。細長い顎鬚が、ローブの裾のあたりまで延びる。その下に灰色の巨大な足が二本、床を踏み締めていた。ソフィアは好奇心のままに石像に触れた。
「やあ」
柱の陰から、一人の少年が現れた。十六歳ぐらいだろうか。スリザリンのローブを着ていて、銀色の監督生バッジが胸に光っている。色白で真っ黒の髪で、背が高い。
ソフィアは、この上級生に見覚えがなかった。見たら忘れないはずだ。目を見張るほどハンサムな顔立ちだった。
「あなた、誰?」
「僕はトム・リドル」
口元をキュッと上げて、トムは悪戯っぽく微笑んだ。
「僕の日記を拾っただろう」トムは楽しそうだ。「こうして会えるって事は、君とは相性が良いんだろうな」
ソフィアは、トムが何を言っているのかよく分からなかった。トムはごく自然にソフィアの近くに来ると、杖を振って椅子を二つ出した。ソフィアは、流されるままに椅子に座った。奇妙な夢だ。見たこともないハンサムな上級生と、見たこともない部屋でお喋りをしている。
「T・M・リドルってあなたのこと?」
「そうだ」トムは頷いた。
「でも、相当年季が入っていたわ。あなたは今頃、えーっと……お爺ちゃんのはず」ソフィアは言葉を選ぼうとして、失敗した。
「失礼だね」トムは気分を害した様子もなく笑った。
「気になるなら、日記に質問を書いてみるといいよ」
トムは楽しげに言った。視線を向けられ、ソフィアはドキドキしながら見つめ返した。
「毎日退屈なんだ。よければ君の生活の話を聞きたいな」
目を伏せたまま静かに笑うトムは、酷く魅力的だった。トムは、自分がどう振る舞えば異性を惹きつけられるのか熟知しているようだった。
「お礼に、心配事や悩み事の相談に乗るよ」若い見た目のトムが付け足した。「伊達に生きてないからね」
「えっと……」
――その話はもう口にしてはいけないよ。
ソフィアは、はたと口を噤んだ。クィレルの声が、頭の中で警鐘のように叫んだようだ。何故かは分からないが、トムには何も言ってはいけない気がした。
ソフィアは肩をすくめるだけに留めた。
「期待外れだな」
トムは酷くつまらなさそうな顔をして、ソフィアを冷たい目で見た。瞳が赤くなっていた。その赤い瞳に、なぜか見覚えがあった。
クィレルの頭の後ろにあったもう一つの顔を――例のあの人の顔を、ソフィアは急に思い出した。これまで見たこともないほどの恐ろしい顔だった。蝋のように白い顔、ギラギラと血走った目、鼻孔はヘビのような裂け目になっていた……。
ソフィアは、椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。
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