▼ 秘密の部屋3
ソフィアの視界の端で、ボサボサの茶色い髪の毛が揺れた。ハーマイオニーだ。ハーマイオニーは、「故障中」と大きく掲示された扉の隙間から見えた。ソフィアとハーマイオニーは、扉越しにしばらく無言で見つめあった。
「ハーマイオニー、そこ、『嘆きのマートル』の場所よ?」
ソフィアは遠慮がちに言った。まともな神経の人は絶対に行かない場所だ。もしかすると、選り好みせずにトイレに行かなくてはいけない緊急事態だったかもしれないとソフィアは思っていた。
ハーマイオニーは焦ったように廊下へ出てくると、バタンと強く扉を閉め切った。このトイレから出てきた事を今すぐ忘れて欲しいと思っているような顔だった。
「一階降りるか上がるかすれば、綺麗なトイレもあるからね」ソフィアは念のため教えた。
「え、ええ! 次からはそうするわ!」
ハーマイオニーはブンブンと首を縦に振った。その顔は真っ赤だった。
「それって、『最も強力な魔法薬』?」ソフィアは素っ頓狂な声を上げた。「禁書の棚の本よね?」
ハーマイオニーが抱えている、大きなかび臭そうな本には見覚えがあった。禁書の棚に保管されていて、滅多なことがない限り手に取ることは出来ない本だ。二年生が持つには、あまりにも違和感がある。
「うん、まあ、そうね」ハーマイオニーが歯切れ悪く言った。「ロックハート先生が、許可をくださったの。先生の『グールお化けとのクールな散策』に出てくる、ゆっくり効く毒薬を理解するのに、必要だろうって……」
ソフィアはあんぐりと口を開けた。
いくらファンだからといって、ここまでするのかと驚いた。二年生に禁書の貸し出しを許可するロックハートに、さらに驚いた。
「勉強熱心ね」ソフィアは言った。
「ありがとう」ハーマイオニーが言った。
「ロックハートの薬なら、一年生向けの教科書の方がいいと思うけどね」ソフィアは、誰にも聞き取れない小さな声で付け足した。
ソフィアは寝室に戻ると、ローブから手帳を取り出した。まじまじと見つめる。どうやら、随分と年季の入った日記のようだ。人の日記を盗み見ることにソフィアは抵抗を覚えたが、思い切って表紙を捲った。ジニーがあんなに憔悴している理由が、もしかすると書かれているかもしれないと思った。
最初のページは、白紙だった。ただし、名前が描かれている。ソフィアはゆっくりと指先でなぞった。
T・M・リドル
聞いた覚えのない名前だ。やはり、どこかのマグルのヴィンテージ品なのだろうか。一度も聞いたことがないはずなのに、ソフィアはなぜかT・M・リドルを知っているような気がした。リドルが小さい時の友達で、ほとんど記憶のかなたに行ってしまった名前のような気さえした。
ページをぱらぱらと捲ったが、全て白紙だった。ジニーは日記や何かのメモに使っていなかったらしい。
ソフィアは諦めて、日記をベッドの脇机に置いた。一度横になった後に、ソフィアはどうしても日記が気になり起き上がった。何故か無性に心惹かれた。ジニーのものと分かっていても、ソフィアは返したくないと思った。
ソフィアはベッドに寝転がって、もう一度日記のページを捲った。なぜ、こんなにも心くすぐられるのだろうか。ソフィアはよく分からないまま、眠くなるまで日記をなんとなしに触っていた。部屋がだんだん暗くなってきていた。体がベッドを離れ、どこかに放り出された感じがした――。
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