▼ ハロウィーン・パーティー6
ソフィアは、鏡の前を陣取って、丁寧に赤い口紅を塗った。赤といっても、朱色に近い。リップブラシではみ出さないように塗って、鏡の前で色んな角度から自分をまじまじと見つめた。
「ねえ、口紅強すぎるかな?」ソフィアは振り返って聞いた。
「ちょっとね」
レティがソフィアのところまで来ると、ティッシュを一枚渡した。
「ほら、少しだけ抑えたほうが可愛いわ」
「チークはつけないの?」マルタが聞いた。
「吸血鬼だから、血色はなくしたいの」ソフィアは首を振る。
ソフィアは、セドリックの助言に従って、吸血鬼の仮装をすることにした。「ドリーのすくすく育歯剤」を使って、八重歯を牙に見える長さまで伸ばしている。
黒のワンピースに、薄い黒のタイツ、パンプスまでも黒い。黒の光沢あるパンプスは、よく見れば同系色で蝙蝠のシルエットが薄っすらと掘られている。レティとマルタと色違いだ。
全身真っ黒な衣装で、ソフィアのブロンドの豊かな巻き毛が際立っている。
「髪、編み込んだほうが可愛いんじゃない?」
レティの言葉に、ソフィアは悩むように目を閉じた。レティも、肩にかかるくらいの金髪を編み込んでハーフアップにしている。
「うーん、セドリックは下ろしたほうが良いって言ってたのよね」ソフィアは唸った。
「じゃあ『スリーク・イージーの直毛薬』使う? 私の分余ってるよお」マルタが言った。
マルタはいつも緩やかなウェーブを描く焦茶の髪が、今は綺麗なストレートになっている。癖が強くなかったので、直毛薬もあまり使わずに済んだらしい。ソフィアは有り難く使わせてもらうことにした。
「じゃあ、そろそろ行こ!」
マルタがソフィアの髪が寸分の狂いもないストレートになったこたを確認すると、元気よく言った。
ハロウィーンはいつもとまるで様子が違った。広間にあるテーブルは端に寄せられており、沢山のドリンクやスイーツが並ぶ。骸骨舞踏団が中央で余興としてダンスをしていた。
参加者全員が仮装していて、誰なのか全く分からない人すらいた。(穴を開けたシーツを被っただけのような生徒もいる。)ソフィアも恐らくそのうちの一人だろう。
「ソフィア?」フレッドの声がした。
「あら、フレッド」ソフィアは振り返った。
ソフィアの表情は、フレッドを見た瞬間ぽかんとした間の抜けたものに変わった。フレッドの口から生える牙だ。紛れもなく、フレッドもソフィアと同じ吸血鬼の仮装をしてた。フレッドはシンプルな黒のローブを着ているだけなのに、会場の雰囲気のせいかいつもより格好良く見えた。
「やっぱり幼馴染って考えること一緒なんだな」
フレッドはニヤニヤと笑いながらソフィアの口元を見た。
「牙の長さは俺の勝ちだな」フレッドが勝ち誇ったように言った。
「ほんと、男子って……」ソフィアは呆れたようにため息をついた。
「それより、面白いものがあるんだ」
そう言ったフレッドに連れられ、ソフィアは中庭へ来た。
「少し待ってて」
十月の夜は寒い。この寒空の下、ソフィア一人を残して姿を消したフレッドに文句を垂れた。
突然暖かいものが肩に乗って驚いた。ソフィアの肩に乗っていたのは火トカゲだ。燃えるようなオレンジ色で、その体温はレクシーや他の爬虫類よりも暖かい。
「どこで捕まえたの?」ソフィアは驚きの声を上げた。
「失礼だな、こいつは魔法生物飼育学のクラスから『助け出して』来たんだ」フレッドが言った。「フィリバスターの長々花火を食べさせたら面白いことになるんだ」
花火を手に持っているフレッドの頭を、ソフィアは思わず強めに叩いた。フレッドは予想以上の痛みだったのか頭を押さえて、恨めしげにソフィアを見た。
「可哀想よ」
「いつだって人類の発展の陰には犠牲が付き物なんだよ、ソフィアくん」
「なら、貴方が食べてよね」
ソフィアがつっけんどっけんに言うと、フレッドは折角ソフィアのために談話室からこいつを連れ出したのにとぶつぶつ不満を垂れた。ソフィアとフレッドは、火トカゲで暖を取りながら、ロンが絶命日パーティーに参加していることなどをネタに会話を続けた。
ソフィアが寒さに耐えきれず鼻水を垂らしたところで、城に戻ることになった。フレッドが火トカゲより顔を赤くしながら、ローブをソフィアに羽織らせてくれる。居心地の悪い無言に耐えながら、行く当てもなく城内を散歩した。
「おやおや、パーティーはもういいのかい」
廊下に沢山ある内の顔見知り程度の絵画が、ソフィアとフレッドを見て茶目っ気たっぷりに話しかけてくる。ウィンクまでしてくるのだから、恥ずかしさでソフィアたちは足速に歩かなくてはいけなかった。
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