▼ 夏休みの終わり6
「だって、彼って凄く……クールだわ、こんなに勇敢な魔法使いがいたら、ファンにならない方がおかしいわよ」
レティが教科書を抱きしめて言った。先ほど読んでいた本は、今年指定されたロックハート著の教科書だった。
「私は本読んでないから分かんないなあ」マルタが言った。
「教科書をちらりとも見てないの?」レティの声には非難がましさが滲んでいた。「これだけでも、読んでみなさいよ」
レティが抱きしめていた教科書を差し出した。しっかりと、サインも入っている。
「まさかレティ、サイン会に行ったの?」ソフィアは驚いた。
「ええ、ええ! 勿論よ」
よくぞ聞いてくれたとでも言いたげに、レティは珍しくはしゃいだ様子で頷いた。その時のロックハートがいかにチャーミングな笑顔を浮かべていたか、髪の毛のカールが可愛かったか、ローブが似合っていたか――レティのロックハートトークは止まりそうにない。
この女子トークについていけないのか、セドリックとギリアンは窓際の席で別の話で盛り上がっているようだ。ロックハートに余り良い感情を抱いていなかったものだから、ソフィアもそっちに混ざりたいと切に願った。
「マルフォイとウィーズリーおじさんが喧嘩してたのは見なかった?」自分の父親の参戦については省いて、ソフィアが聞いた。
「いいえ」レティが首を振った。「私、夕方に行ったわ」
「ああ、それなら見てない筈ね。サイン会が始まったばかりの時間だったから」ソフィアは納得したように頷いた。
「マルフォイが喧嘩を?」レティが興味津々に聞いた。
ソフィアはマルフォイ氏とウィーズリー氏の喧嘩騒動を一部始終話した。
「ほんと、嫌なやつらだよ。一家揃って」ギリアンが言った。「関わんねえ方がいいって」
「確かに、放っておくのが一番だよ……まあ、もし父さんがその立場にいたら同じようなことが起きてそうだなあ」
セドリックが物思いに耽るように言った。ソフィアもディゴリーおじさんの顔を思い浮かべて頷いた。ディゴリーおじさんは、怒りの沸点が低そうだと失礼なことを考えた。恐らく息子であるセドリックが貶されれば――手より先に杖――ステュービファイが飛んでいる。
「絶対マルフォイって、親子揃って友達が一人もいないわ」レティが言った。
「あのデッカい二人組がいつもいるじゃない」ソフィアが口を挟む。マルフォイはいつも間抜け面のゴリラに似た男子を二人連れ歩いていた。
「どう見てもあれは友達じゃないわよ」レティは目をぐるりと回して言った。
マルフォイについて話しているうちに、列車はゆっくりとスピードを緩めていった。今年もホグワーツへ帰ってきたのだと思えば、ソフィアは笑わずにはいられなかった。大好きなホグワーツ、一人でご飯を食べることがないばかりか、ずっと大好きな友達に囲まれた生活をまた過ごすことができる。両親に会えないことは寂しいが、ホームシックになる程ホグワーツは退屈な場所ではなかった。ギリアンの膝上で寝ていたレクシーも懐かしい空気に目を覚ましたのか、顔をもたげた。
アナウンスが流れる。ソフィアたち一行は荷物をそのままにコンパートメントを出た。ホグズミード駅の外には、城まで生徒を連れて行く馬車が、百台余りここに待っている。
馬車を引いている動物は、ドラゴンのような馬だった。まったく肉がなく、黒い皮が骨にぴったり張りついて、骨の一本一本が見える。瞳のない目は白濁し、背中の隆起した部分から翼が生えている。
「なんで、この子たちは皆には見えないのかしらね?」
ソフィアは不思議そうに首を傾げた。この馬のような生き物は、なぜかセドリックたちには見えないらしい。ソフィアは自分の他にこの生き物の存在を認知している人に会ったことがなかった。
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