▼ 夏休みの終わり3
「覚えててくれたんだね」
ソフィアが覚えていたことが意外だったらしい。セドリックは嬉しそうに頷いた。
「今年こそ絶対勝ってみせるよ」
自分にも言い聞かせるような声音でセドリックが宣言した。先ほどのふざけた様子とは違い、箒に向ける眼差しは真剣だ。
「今年のクリスマスに箒磨きセットを送るわ」
「じゃあ、ソフィアへのプレゼントは……何が良いかな」
思い浮かばないと困ったように眉を下げるセドリックに、ソフィアは首を振った。
「何でも良いわよ」
ソフィアの返事に、セドリックはますます困ったように肩をすくめた。ソフィアは別に今特段欲しいものはないので、答えようがない。ソフィアも同じく肩をすくめてみせた。
「じゃあさ、ソフィアのプレゼント選びも兼ねて、十二月のホグズミートは一緒に行かない?」セドリックが思いついたように言った。
「良いわね! ギリアン達も誘う?」ソフィアはにこにこと笑みを浮かべた。
「実はギリアン達にもプレゼントを贈りたいんだけど、よければアドバイスが欲しいなって思ってて。二人は駄目かな?」
「うーん……別に、大丈夫よ」
ソフィアは悩んだのち頷いた。フレッドに見られたら誤解されるだろうかと考えたが、そもそもソフィアはフレッドと付き合ってはいない。セドリックも別に他意はないだろう。
デートのようだと一瞬思ってしまったソフィアは、若干の気まずさに目を逸らした。何でもないように肩を竦める。
「そういえば、レクシーとガニメドを連れてく許可を貰えたの!」ソフィアは奇妙に明るい声を出して、話題を変えた。
「良かったね」セドリックは気遣わしげに付け足した。「その……大丈夫かな?」
ソフィアは、セドリックがクィレルのことを聞いているとすぐに気付いた。笑い飛ばそうとして、引き攣った声が漏れる。
「……大丈夫じゃないわ」ソフィアは迷ったのち、白状した。「寂しいの。クィレル先生はもういないから」
ソフィアの声は小さくなった。すんなりと出た言葉に、ソフィアは自分でも驚いた。救えなかったことへの罪悪感や無力感も勿論あるが、ソフィアは何より寂しかったのだ。寂しくて、ついクィレルのことを思い浮かべてしまうのだ。心の中に、答えが落ちてきたようだった。
俯いたソフィアを、セドリックが引き寄せた。ソフィアの耳が、セドリックの胸に押し当てられる。トクトクと、一定の心音が聞こえた。抱き締めるというより、抱え込むという表現が正しいかもしれない。
「君は一人じゃないよ」セドリックが静かに言った「誰もクィレルの代わりにはなれないけど、僕らはソフィアを一人にはしないから」
以前、列車の中で泣いたことをソフィアは思い出した。ソフィアは黙って頷いた。下手に励ましの言葉をかけず、ただ寄り添ってくれるセドリックが有り難かった。
暫くの間、ソフィアとセドリックは黙っていた。
「辛くなったら、僕にもソフィアの辛さを分けて欲しいな」セドリックは付け足した。「僕はこれまで沢山ソフィアに助けられたから、少しくらいお返ししたいよ」
「ありがとう」ソフィアはお礼を言った。
「どういたしまして」セドリックはにっこりと笑った。「そろそろ夕食だろうから、下に行こうか」
窓を見たら、日がすっかり暮れていた。ソフィアは時間があっという間に過ぎていたことに、あんぐりと口を開けて驚いた。
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