▼ 夏休みの終わり1
ぐるぐると回るような景色に、目をつむれば良かったとソフィアは早くから後悔した。視界はエメラルドグリーン色に覆われ、どこかのリビングに次々と場面が変わる。ちょっとだけ気持ち悪さを感じ、呻きそうになるが踏みとどまった。口にまで灰が入るところだった。
ソフィアは到着する直前に手を突き出した。お陰で顔まで灰だらけにはならずに済んだ。すぐさま誰かの手が、ソフィアの腕を掴んで引っ張り上げた。ソフィアを立たせてくれる。
「やあ、ソフィア! 待ちくたびれたよ、おっと、時間ピッタリなんだから気まずそうな顔しないでくれたまえ。セドが朝から暖炉の前を離れなかったもんだから、長く感じてしまって!」
セドリックの父、エイモス・ディゴリーだ。
ソフィアは夏休み最終日の今日、ディゴリーおじさんが熱烈に招待してくれたので、セドリックの家へ遊びに行くことになった。
ディゴリーおじさんは、ソフィアを立たせると、息をつく暇もなく、 喋り続けた。ソフィアは、「やあ」までしか聞き取ることができなかった。
「父さん!」セドリックが非難するような声をあげた。
さらにセドリックの話を続けようとしたディゴリーおじさんを遮るように、セドリックがディゴリーおじさんとソフィアの間に割って入った。
「そんなに楽しみだったの?」ソフィアは片眉あげてセドリックを見た。
セドリックは珍しく恥ずかしそうに片手で顔を覆った。手が大きく、顔全面を覆っている。(顔が小さいだけかもしれない。)ソフィアは自分の右手のひらを見たが、とても敵いそうにない。なるほど、シーカーの素質の一つだろうとソフィアは納得した。
恥ずかしそうにするセドリックを見て、ディゴリーおじさんは大袈裟に「おやおや」と言って快活に笑った。ディゴリーおじさんを見るたびに、ソフィアは何故セドリックがディゴリーおじさんに懐いているのか不思議に思う。もし自分の両親が、友達相手に永遠と自分のことを自慢し続けるだなんて、想像しただけでも恐ろしかった。
セドリックが、ディゴリーおじさんと仲が良く、かつ謙虚なのだから不思議だ。おじさんの図々しさはスネイプを前にしたスリザリン生と同じくらいだし、息子自慢はきっとダンブルドアのグリフィンドール贔屓にも匹敵するだろう。いや、それ以上かもしれない。
「来てくださってありがとう、ソフィア」
軽やかな声が聞こえた。小綺麗なエプロンと香ばしいクッキーの匂いを纏って台所から出てきたのはディゴリーおばさんだ。
「今クッキーが焼けたばかりだから二人とも手を洗ってきて」ディゴリーおばさんが楽しそうに焼けたクッキーを冷ましながら、手を振った。
ソフィアは、ディゴリーおばさんがおじさんの長話なら助けようと来てくれているのではないかと勘繰った。おじさんはもっとセドリックの話をしたかったようで、廊下まで着いてこようとしたが、おばさんに止められていた。
「ごめんよ、父さんが」セドリックが申し訳なさそうに言った。
「ううん、別にいいのよ。セドリックの話をするのも楽しいから」ソフィアの声には、からかいが滲んでいた。
「それは止めて欲しいな」
恥ずかしそうに俯いたセドリックにクスクスと笑う。セドリックがぼそぼそと、彼にしては珍しく全く自信の無さそうな態度で「そんなにソワソワしてなかったのに」だとか「父さんの方が待ち望んでたじゃないか」とつぶやいてはいたが、ソフィアは聞こえていないふりをした。
「そういえば、ソフィアはチョコチップが好きだったっけ?」セドリックがあからさまに話題を変えた。
「勿論よ」ソフィアは頷いた。
「良かった、母さんのクッキー楽しみにしててよ。すごく美味しいから」セドリックが言った。「沢山食べてね」
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