▼ 純血1
胃が捩れるような感覚――ソフィアは何度もこの感覚を味わったことがあるが、慣れることのない不快感だった。ソフィアは父、ドウェインと手を繋ぎ付き添い姿あらわしでダイアゴン横丁まで来ていた。隣でバチッと音がし、母クレアも現れた。
「さて、まずはグリンゴッツに行こう」ドウェインがソフィアの頭に手を当て悩ましげに呟いた。「ローブも新調した方がいいかな」
ソフィアはにっこりと笑った。これまで一人で飽きるほどの時間を過ごしたダイアゴン横丁も、両親と一緒だといつもと違うように見えるとソフィアは思った。
小さな店の立ち並ぶ中、ひときわ高くそびえる雪のように真っ白な建物がグリンゴッツだ。磨き上げられたブロンズの観音開きの扉の両脇に、制服を着た小鬼が二人立っている。小鬼の奇妙な手の指の長さに、ソフィアはグリンデローを思い出した。同じように簡単に折れるのだろうか。
大理石の階段を登り入口に進むと、小鬼がお辞儀した。中には銀色の扉がある。中は広々とした大理石のホールだった。細長いカウンターの向こう側で、脚高の丸椅子に座った小鬼たちが、それぞれ客の対応をしている。
「おや、ソフィアじゃないか!」聞きなれた声がした。
ソフィアが振り向くと、褐色のゴワゴワした顎髭の、血色の良い顔の魔法使いがいた。セドリックの父、エイモス・ディゴリーだ。隣で、セドリックがソフィアに手を振っている。ソフィアは手を振り返して、ディゴリーおじさんのもとに行った。
「ドウェインに、クレアも!」
ディゴリーおじさんが嬉しそうに言った。ドウェインたちも、ディゴリーおじさんに朗らかに挨拶している。ディゴリー家とアスター家は、そんなに離れていない。それどころか、三人は魔法省に勤めているのでご近所さんかつ同僚という間柄だった。
「ソフィア、君をぜひ我が家に招待したいんだが……」ディゴリーおじさんが、ソフィアの両親をちらりと見た。「都合のいい日はあるかな?」
「父さん、無理に誘ったらだめだよ」
ディゴリーおじさんを窘めるように言うセドリックに、ソフィアは笑った。
「ぜひお邪魔したいです。いいよね? ママ」ソフィアが聞いた。
「えぇ、ぜひ。エイモス、ありがとう」クレアは微笑んで頷いた。
「もしよければ、ソフィアを預かって新学期にセドと一緒に送り届けるよ」
ディゴリーおじさんの申し出は、ソフィアにとって有難いものだった。去年は、クレアとドウェインに任務が入ってしまい、わざわざウィーズリー一家に迎えに来てもらう必要があった。今年もお世話になるかもしれなかったので、ついでで送ってもらえるならとても有難い。
「いいの? ご迷惑じゃないかしら」クレアが思案するように言った。
「いやいや、そんなことはない! セドが、この夏中ソフィアを招待したいってうじうじしていて、手を焼いていたんだ! 感謝したいのはこっちの方さ!」ディゴリーおじさんが、大笑いしながらセドリックの方をばしばしと叩いた。
「父さん!」
セドリックが頬を赤くして怒った。温和なセドリックは、ディゴリーおじさんと一緒にいるとよく怒る。ソフィアは二人のやり取りを見ていることが好きだった。ディゴリーおじさんとセドリックはもうお金を引き出したらしい。
「おやおや、怒らせてしまったようだ」ディゴリーおじさんは快活に笑った。「そろそろお暇するとしよう」
ディゴリー親子に別れを告げて、ソフィアたちは小鬼の方へと向かった。ソフィアたちは、宝石を吟味している年老いた小鬼の方へと歩いて行った。
「アスター家の金庫に行きたい」
ドウェインがポケットの巾着袋から小さな黄金の鍵を出した。小鬼は、慎重に鍵を調べてから、「承知いたしました」と言った。別の小鬼を呼んだ。金庫へ案内してくれるらしい。
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