▼ 二つの顔を持つ男5
帰りのコンパートメント、流れ行く景色を見ながら膝に乗るレクシーを撫でる。コンパートメントにはソフィア一人しかいなかった。人を避けるようになったソフィアを、周りもそっとしておいてくれた。ソフィアにはそれが大変ありがたかった。
ガニメドはまたもや別で飛んで家へ帰っている。このコンパートメントにはソフィアとレクシーしかいない。きっと、このホグワーツで唯一クィレルのことが好きな一人と一匹だろう。
「あなたにとって、クィレル先生は良い人だった?」
問いかけても、答えが返ってくる事はない。レクシーが何を考えているのか分かればいいのにとソフィアは思った。ソフィアは窓の外を眺めながら、もう一度爬虫類特有の滑らかな横腹を撫でた。眠そうにまどろむ目が可愛らしい。
「ソフィア、此処にいたんだ」
扉を少し開けてセドリックが顔をだす。断りを入れて、ソフィアの向かいの席に座った。
此方を見つめるセドリックの瞳は酷く優しい。気にかけるような視線に、何か言われる前にソフィアは大丈夫だからと言って首を振った。しかし、セドリックが立つ気配はない。
「クィレル先生は、良い先生だったよ。僕の目で見た先生は、確かにそうだった」
セドリックが瞳を細めていった。酷く優しげな色を灯している。そっと白いハンカチを取り出して、ソフィアの目元に当てて困ったように笑った。泣いてないのになんでと笑えば、ますます困ったように眉を下げる。
「泣いて良いんだよ」セドリックが静かに言った。
「あの時と、反対のことを言うのね」ソフィアはつぶやいた。
首を傾げたセドリックは逡巡したのち、合点がいったように頷いた。ダイアゴン横丁で、セドリックは初対面のソフィアに泣かないでと言ってハンカチを差し出してくれた時だ。彼は出会ってからずっと優しい。
「だって、心が痛い時は泣くと少しだけ痛みが和らぐんだよ」
笑ったセドリックが続ける。
「周りがなんて言ったって、ソフィアにとって良い先生だった、それで良いんじゃないかな。人の意見を聞くことも勿論大事だけど、最終的には自分の目で見たことを信じればいいと思うよ」
セドリックは、クィレルを良い先生だと思ってしまうことを止めなかった。それどころか、セドリックもクィレルが良い先生だと思っていたと言った。彼の全てを受け入れてくれる優しさに、クィレルの死を聞いて初めて、涙が溢れ出した。
クィレルが死んだことが悲しかった。もう褒めてくれないことが、ソフィアの頭を撫でてくれることがないことがひどく寂しかった。そして、悼むことさえ堂々とできないことがつらかった。
列車はリズムを崩すことなく進んでいる。ソフィアの嗚咽だけが響くコンパートメントは、気まずいようでどこか居心地が良かった。セドリックは黙って窓に映る風景を見つめていた。
もうすぐ、キングズクロス駅に着く。ホグワーツの一年がまた終わろうとしている。
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