immature love | ナノ


▼ 二つの顔を持つ男4

「先生、私に、私に引き取らせてください」

 頼み込むようにダンブルドアに縋った。レクシーも君に引き取られたら嬉しいじゃろうと言って、ダンブルドアは優しく微笑む。

「ソフィア、わしに何か言いたいことはないかね?」

 半月形のメガネの奥からキラキラと青い瞳が輝いた。

「いえ、ありません」

 ソフィアは自分が思っていたよりもずっとしっかりとした声を出せた。クィレルが夢のことは誰にも言ってはいけないと言った。彼は闇の魔法使いであり、例のあの人の僕だったらしい。それでも、この約束はソフィアのためを思ってのものだと何故か確信があった。

「何か相談したいことがあればすぐに言いに来なさい」
 ダンブルドアは微笑んでソフィアをじっと見つめた。何もかも見通しているような澄んだ目だ。ソフィアは、ダンブルドアが何か知っているのではないかと疑問に思ったが、頷くだけにとどめた。
「ところで、君に会わせたい人が来ておる」ダンブルドアは茶目っ気たっぷりに言った。
 ソフィアにとって嬉しい驚きだった。ソフィアに会わせたい人とは、クレアとドウェインのことだったらしい。二人はダンブルドアが退席して少しすると、ドタバタと駆けてきて、ソフィアに飛びついた。こんなに憔悴した両親を見るのは初めてで、ソフィアは目を白黒させた。
「ああ! ソフィア! あなたが倒れたと知った時どんなにショックだったか!」
 クレアがソフィアを強く抱きしめた。
「私、倒れてたの?」ソフィアは念のため確認した。
「ああ、部屋の中で倒れているところを発見されたんだ」
 ドウェインがクレアを宥めながら答えた。
「そんな筈ないわ」ソフィアは咄嗟に否定した。「だって、その……失神呪文を掛けられた時、私は廊下にいたもの」
 ソフィアの台詞に、ドウェインが優しい顔をした。ソフィアの頭を撫でる。
「クィレル先生の部屋で、毛布までかけて寝かされてたよ」ドウェインが付け足した。「ただの闇の魔法使いなら、ここまで優しいことはしなかっただろうね」
 ドウェインもクレアも、ソフィアがクィレルに懐いていることを知っていただろう。だから、クィレルを悪く言わず、ソフィアを気遣って懐いたことも仕方ないと暗に言ってくれるのだ。ソフィアは黙って頷いた。話す気力が湧かなかった。
 クィレルはあの時明らかに急いでいる様子だった。邪魔をしようとしたソフィアを冷たい廊下に倒れたままにせずに、わざわざ部屋の中に入れてくれた。クィレルは最期まで優しかった。ソフィアは堪らない気持ちになって唇を噛んだ。こんなにも優しい先生を救うことはできなかったことが、ソフィアの心に鉛石の様にのし掛かったようだった。

 翌日、マダムポンフリーに許可をもらいソフィアは寮に帰ることができた。レティとマルタが涙ぐんでソフィアに飛びつくように出迎える。ぎゅうっと力強く抱きしめられ、ソフィアは窒息死するかと思った。

 解放されたソフィアはセドリック、ギリアンとも軽くハグを交わす。無事でよかったとギリアンは安心したように笑った。談話室から飛び出すソフィアを止めなかったことを後悔していたに違いない。ソフィアはなんだか申し訳なくなった。

「クィレルがソフィアを殺そうとしたって聞いたわ!」

 泣きそうなレティの言葉にソフィアは首を振った。クィレルは最後までソフィアに優しかった。今この学校で、声を大にしてクィレルを良く言う勇気はソフィアには無かったが、悪く言うことだけは決してしたくない。

「今から学年末のパーティーがあるけど、出れそう?」

 セドリックの言葉に頷く。そのために医務室から脱出してここへ来たのだ。

「三日も寝てたからお腹ぺこぺこだわ、絶対行かないと」

 にっこりと笑えば、食い気が凄いなとギリアンがにたにた笑う。行こうぜと声をかけられ、ソフィアは帰って来たばかりの寮を後にし、広間へと向かった。

 広間は、スリザリンが七年連続で寮対抗杯を獲得した。こういう時、グリフィンドールが勝っていればなと思ってしまうのは仕方ない。それでも、来年はよそ頼みではなく、黄色と黒の横断幕が後ろの壁を覆っていればいいと思った。

 グリフィンドール三一二点、ハッフルパフ三五二点、レイブンクローは四二六点、スリザリン四七二点と点数が掲示されていた。

 スリザリンと百点以上も差がついているのだから、いっそ清々しくて笑ってしまいそうだ。スリザリンのテーブルが大歓声を上げている。ダンブルドアがつい最近の出来事も勘定にいれねばならんと言ったところで、スリザリンのお祝いムードが少しだけ薄れた。校長直々に、それもパーティーの始まりの加点だ。動揺するのも無理はない。

 そこからは、グリフィンドール加点の嵐だった。まずハッフルパフを、レイブンクローを追い抜いていく。スリザリンと並んだ。こういう場合は対抗杯はいったいどちらの手に渡るのだろうか。

「ネビル・ロングボトムくんに、十点を与えたい」

 広間中が歓声をあげた。まるで打ち上げ花火をあげたかのような鼓膜を揺らす大きさの音量だ。グリフィンドールがかった。広間の後ろの壁が金色と真紅に塗り変わる。グリフィンドールが優勝したのだから、繰り下がってハッフルパフは元どおりの四位だ。ハッフルパフ生は、スリザリンが負けて嬉しいやら、ビリになって複雑やらで、微妙な笑みをみんな浮かべた。

「順位には響かないが、ここでもう一人加点したい者がいる。誠実で人の表面に惑わされず、どんな者にも救いの手を差し伸べようとする。誠実さに満ちたハッフルパフの模範とも言える行いだった。ソフィア・アスターに五十点を与えたい」

 顔が赤くなるどころか、血の気が引いていくようだった。こんな大勢の前で、こんなに点数を与えられたのはソフィアにとって初めての出来事だった。ハッフルパフがさきほど以上の歓声をあげる。上級生にも下級生にももみくちゃにされ、ソフィアは酷く夢心地だった。

 ソフィアの行動は、クィレルを救いたかった気持ちによるものだ。悪者を救いたがるのだから褒められたものではない。だが、皆なぜか悪事を止めようとした勇敢な行為だと受け止めたらしい。否定的な視線がこない分救われたが、ソフィアはなんだか複雑だった。

 人を殺してまで何かを成し遂げようとするなんて、クィレルは間違いなく悪者であるとソフィアでさえ分かる。だが、ソフィアにとって、少し怪しいところはあれど、仲のいい、大好きな先生だった。ソフィアに対して本当に優しい先生だった。

 イグアナを可愛がり菓子と紅茶が好きな可愛らしい人でもあった。懐く生徒を可愛がる優しい先生だった。それら全てが、否定されてしまうのはとても悲しいことだとソフィアは思った。

 何が真実なのかソフィアにはよくわからない。クィレルには色んな顔があった。昔読んだ絵本では、正義の味方と悪者にきっちりと分かれているのに、きっと現実では両者とも色々なものが織り交ぜになっている。

 ソフィアは、色んな生徒からクィレルを止めに走った時のことを聞かれたが、曖昧に笑うだけで誰にも言わなかった。クィレルとの思い出を話して、第三者から何か言われることがひどく嫌だと感じた。

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