▼ 二つの顔を持つ男3
――さようなら。
勢いよく起き上がったが、すぐに頭が痛む。全身がひどく気だるくて、まるでインフルエンザになったようだ。節々が痛い。それでも、じっとはしていられない。そっとベッドから降りカーテンを出る。辺りを見渡せば、どこかのベッドが使われているらしい。もう一つカーテンが閉められている場所があった。
カーテンが揺れ、人が出てくる気配がある。一瞬隠れようか迷ったが、なんで隠れる必要があるのかと考え直す。じっと見つめていると、銀色の髭をベルトで挟み込んだ老人が現れた。ダンブルドアだ。こんな間近で見るのは、初めてかもしれない。
「おや、もう目が覚めたのかね」
君のところにもいくつもりだったんだよと微笑むダンブルドアに、すぐに起き上がるのは辛いだろうから戻りなさいと急かされベッドに戻る。彼はすぐ横の丸椅子に腰掛けた。
「こんにちは、ソフィア」
朗らかな声、入学式の時歌っていたのを思い出した。一生徒があまり校長と話すことはない。もし、話すことが彼の目的のうちの一つだったとしたら、その目的としてソフィアの頭に浮かぶものは一つしかなかった。
「クィレル先生のことですか?」
ソフィアの声は震えた。
「勿論、それもある」
深く頷いたダンブルドアは酷く悲しげな顔をした。詳しいことは話せないと前置きした上で、切り出した。
「クィレルは、ある物を手に入れるために人を殺してまで奪おうとした。だが、返り討ちにあったのじゃ。彼を死なせてしまった」
伏せられたダンブルドアの表情を見れば、クィレルがもうこの世にいないだろうことは明らかだった。
やはり、予知夢だったのだ。避けられなかった。ソフィアが頑張ったところで、何一つ変えることができなかった。
「クィレル先生は、悪い魔法使いだったのかもしれません。でも、優しいところが沢山ありました。火傷を治してくれて、心配してくれて、バレンタインにお菓子もくれた、マグルの話も沢山、沢山してくれて……」
ソフィアはこれ以上喋ることができなかった。
「君のような素晴らしい生徒に慕ってもらえるなんて、彼も喜ぶじゃろう」
ダンブルドアの言葉が嬉しかったが、本当にそうなのかソフィアは自嘲した。
ソフィアの頭に、火傷で悲鳴をあげるクィレルの姿が鮮明に浮かんだ。ハリーを殺そうとする姿も。ただの夢ではなく、まさに現実に起きたことだったのだろう。
クィレルを助けることなんて出来なかったし、クィレルを止めてハリーを助けることも出来なかった。ソフィアは何一つとして貢献できていない。
心の中で、間抜けな生徒を笑っていたのかもしれない……そこまで考えて、ソフィアは己の考えを否定した。クィレルの優しい振る舞いは、確かにソフィアだけに与えられたものだった。それを否定するのは、ソフィアだけでなくクィレルも否定する行いだ。
ソフィアは、ただクィレルに会って何を考えていたのか聞きたかった。
「それでのお、ソフィア。君に相談がある。クィレルの部屋にこんな置き手紙があったんじゃよ。どうするかね?」
黙り込んだソフィアに、ダンブルドアは一枚の便箋を渡した。神経質な性格が表れている、綺麗な文字が並んでいる。
ソフィア
君にレクシーを引き取って貰えたら嬉しい
クィリナス・クィレル
別れの言葉でも書いてくれればいいのに、クィレルの手紙は呆気なかった。ソフィアが火傷をしたときに、スネイプのことで冷たい声を出していたことを思い出す。クィレルは本来、淡白な人間だったのかもしれない。
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