▼ 二つの顔を持つ男2
「ソフィア、大丈夫か? 凄い魘されてたぞ」
「えっ、これ、夢?」
ソフィアはしどろもどろに言った。ひどく寝汗をかいたらしい、髪の毛までぐっしょりと濡れていた。周りを見渡せば、ソフィアを心配そうに見るギリアンとレティがいるだけだ。ソフィアは安堵のため息をついて、レティが差し出してくれた水を飲んだ。
よかった……ただの夢だわ。でも、本当に?
もし、以前のクィディッチの試合と同じ予知夢だったとしたら! 嫌な考えがソフィアの頭を支配した。居ても立ってもいられず、ソフィアは急いでクィレルの私室へ向かった。
もしあの夢が予知夢だとして、クィレルに恐ろしい闇の魔法使いである可能性が非常に高いが、(なんていったって、闇の魔法使いでもなければ後頭部に顔をもう一つ生やすなんて頭のおかしい真似しないはずだとソフィアは思う。)それでもクィレルを助けたい一心だった。
パジャマにガウンを羽織っただけの姿で談話室を飛び出して、ソフィアは石段を駆け登った。階段をいくつか登り、タペストリーの裏にある通路を通った。息が切れて、肺が苦しい。それでもソフィアは走る速度を緩めなかった。ゴーストや生徒たちが、走るソフィアを何事かと振り返っている。
クィレルの部屋がある廊下には人気はない。クィレルの部屋の扉から明かりが漏れ出ていた。まだいるんだわ。ソフィアは安堵の息をついた。部屋の前に着いた瞬間、扉が勢いよく開いた。クィレルがちょうど出かけるところだったらしい。
「突然すみません、先生、あの……」
何と言えば良いのか分からず、ソフィアは言葉に詰まった。先生の頭に怪物がいて、ハリーを殺そうとして返り討ちにあってる夢を見たんですなんてとても言えない。
「す、すまないね。い、今は少々急いでいてね……」
クィレルが苛立ったように言った。ソフィアに辛い態度を取ることなんて今まで無かったので、ソフィアは固まった。やはり変だ。何かがおかしい。
「先生、どこに行かれるんですか? 駄目です、行っちゃ駄目!」
なんと言えばいいのか分からない。頭が働かなかった。ソフィアはクィレルを引き止めたくて必死に言葉を紡いだ。行かせては駄目だと脳が警鐘を鳴らす。
「先生、私、前に言いましたよね。視たんです、先生を! 顔がもう一つあって、火傷が……危ないから、えっと」
支離滅裂なことを言いながら縋るようにクィレルのローブの裾をつかめば、優しく外された。
「しー……静かに」
クィレルはソフィアの口を覆って、小さい子に言い聞かせるように囁いた。
「言っただろう、その話はもう口にしてはいけないよ」
クィレルはソフィアが黙ったのを確認すると、手を外してローブの中に手を入れた。
「ソフィア、君は私が知る中で最も素晴らしい魔女だ……最後に君のような生徒を持てて本当によかった」
ソフィアを見るクィレルの瞳は揺れていた。それでも、瞳の揺れとは対極的に声には芯があり、決意が滲んでいた。向けられた杖から手遅れなんだと悟った。
赤い閃光が、視界いっぱいに広がった。
さようなら、掠れた別れの挨拶が最後に届いた。
もう少し寝たいのに、もう起きてと笑いを含んだ声が言う。まだ寝かしてあげなよと穏やかな声が遮った。聞いたことがない声の筈なのに、どこか酷く懐かしい。瞼を震わせ、ゆっくりと瞬きすれば、そこには誰もいなかった。消毒液の匂いがする、医務室。何で私はここにいるのかという疑問もすぐに消えた。
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