immature love | ナノ


▼ 混乱薬2

「私には応急処置しかできないが……」

 クィレルはそう言って杖をローブから取り出した。ソフィアの両手に杖先が向けられる。水ぶくれに覆われた見た目は変わらないが、杖先が向けられた場所からみるみるうちに熱と痛みが引いていく。

「痛みは?」

 ソフィアは喋る代わりに何度も頷いた。痛みは引いたのに、クィレルの優しさに触れたせいか先ほどよりも涙が出た。

「ほら、こっち向きなさい」クィレルの声が柔らかくなった。

 恐る恐る顔を上げると、いまだ嗚咽で揺れているせいか、クィレルが少し困ったような顔をしてから、左手をソフィアの顎にあてて動かないように固定した。もう片方の手で杖を持ち、緩く線を描いていく。顔からも痛みが引いていった。

「少しはマシになっただろう」

「せ、先生。あ、ありがどう、ございまず」

「困った子だね」

 ソフィアがますます泣くので、クィレルは眉を下げて優しく微笑った。ひどく丁寧な手つきで、ソフィアの頭を撫でる。

「医務室には一人で行けそうかな?」

 クィレルの質問に、ソフィアはゆっくり頷いた。クィレルは、「良い子だ」と言って微笑むと、もう一度ソフィアの頭を撫でてから姿勢を正した。

「医務室から戻る時に、マダムポンフリーから薬を受け取って、わ、私まで、と、届けてもらえますか。わ、私から頼まれたと言って」

 クィレルの声に、敬語と痙攣が戻ってきた。ソフィアは、何度も頷いた。クィレルの役に立てるなら、今ならどんな雑用さえできる気がした。

「ありがとうございました」

 ソフィアがもう一度お礼を言うと、クィレルは歪な笑顔を浮かべて立ち去った。ソフィアは幾分痛みの和らいだ手を何度か開いては閉じた。見た目に反して痛みがほとんど取れている。やはり、クィレルは優秀な魔法使いなのだろう。

 ソフィアはのろのろと医務室へ向かうと、マダム・ポンフリーがソフィアの姿を見て大慌てで近寄ってきた。先ほどのクィレルもそうだが、相当酷い見た目らしい。触診していく中で、ソフィアが痛みがないと伝えるとマダムポンフリーは信じられないもの見るような顔をした。

「スネイプ先生がこの応急処置を?」

「いいえ」ソフィアはすぐに否定した。「クィレル先生が、ここに来る途中で治してくださいました」

 マダム・ポンフリーは、すぐに納得した。

「彼の処置は正解でしたね。さあ、痕が残らないうちに今すぐ軟膏を塗りましょう」

 マダム・ポンフリーは青いどろっとした軟膏をソフィアの顔と両手に塗って、ガーゼで覆った。顔なんて、殆どガーゼと包帯で覆い尽くされてしまった。軟膏は腐ったような臭いがして、ソフィアは吐きそうになった。

「痕は残りませんよね?」ソフィアはすがるように言った。

「もちろん、治しますとも。大丈夫ですよ」マダム・ポンフリーは言った。

「熱が出るかもしれませんから、暫く安静にすることです」

 マダム・ポンフリーは今すぐにでもソフィアをベッドに寝かして隔離したいと言いたげな顔をしていたが、ソフィアは慌ててクィレルの頼み事を伝えた。

「私から渡しておきます。あなたは怪我人ですよ」

「でも、先生にお礼を言いたくて……渡したらすぐ戻ってきますから。それに、今なら授業中だから他の生徒にこの顔を見られずに済むし……」

 ソフィアが縋る気持ちで言うと、マダム・ポンフリーは渋々引き下がった。ソフィアの気持ちも理解できるらしい。


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