▼ 混乱薬1
イースター休暇はあっという間に終わりを告げた。暖かい自分の家のリビングが恋しいと、ソフィアは地下牢教室で項垂れた。轟々と燃える松明の近くだけが、若干暖かい。「魔法薬」のクラスは大地下牢の一つで行われた。もしこの授業が呪文学であれば、少しは気分もマシになったはずだとソフィアは思った。
教室に入ったスネイプは、見るからに機嫌が悪かった。
「テストを行う。授業時間内に混乱薬を作り、提出したまえ。以前も教えた、簡単な魔法薬だ。休暇中、その空っぽの脳みそにガラクタを詰めていなければ、問題なかろう」
スネイプは目を意地悪く光らせて言った。
大鍋が二十個、机と机の間で湯気を立て、机の上には真鍮の秤と、材料の入った広口瓶が置いてある。スネイプは煙の中を歩き回り、生徒の鍋を覗き込んでは何も言わずにただ意地悪い笑みを浮かべた。
ソフィアはオオバナノコギリソウの花弁をひととおり千切ると、キヨシソウを丁寧に刻んだ。一通り材料の下準備が終わってから、鍋にすべて入れて、かき混ぜた。ソフィアは一瞬手を止めた。時計回りと反時計回りどちらが先だったのかいまいち思い出せない。
不安を抱きながら時計回りにかき混ぜていくと、鍋の中がグツグツと沸騰し始めた。以前作った時、沸騰しただろうか。ソフィアは不安になって鍋を覗き込んだ。その瞬間だ。大きな音を立てて、魔法薬が爆発した。
ソフィアは、顔いっぱいにグツグツ煮立った魔法薬を浴びた。痛い、痛い、痛い――!
「バカ者!」
スネイプが怒鳴った。
「おおかた、トモシリソウとキヨシソウを間違えたんだな?」
スネイプが何を言ってるのか、ソフィアには理解できなかった。でも、怒られていることだけは分かる。ソフィアは慌てて鍋を火から下ろそうとして、そのまま薙ぎ倒した。スネイプのマントに薬がかかった。
「ご、ご、ごめんなさい!」
ソフィアはしゃくりあげた。涙がボロボロと溢れ出て、視界がぐにゃりと歪む。スネイプに対して泣いて謝るというのは火に油を注ぐようなものだったらしい。スネイプは眉を吊り上げた。
「態とらしく泣いたり、事態を悪化させるのはやめろ! ハッフルパフから二十点減点!」スネイプは怒鳴った後、苦々しく付け加えた。「医務室へいきなさい」
「先生、私が付き添います」
「僕も……」
「貴様らはテストに集中しろ!」
レティやセドリックの申し出を、スネイプが一喝した。これ以上みんなに迷惑はかけられないと、ソフィアは急いで教室を出た。
とぼとぼと階段を登る。手すりを掴もうとしたら、手も火傷していて刺すような痛みに襲われた。顔も手も、何もかも痛い。ソフィアは涙を拭うこともできず、しゃくりあげながら一段一段と階段を登って行った。
「何があった!」
鋭い声が聞こえた。続いて、バタバタと此方にかけてくる足音が聞こえてくる。視線を上げると、紫色のターバンが見えた。クィレルだ。クィレルは駆けてくると、ソフィアの前に目線を合わせるように屈んだ。
「せ、せんせい」
嗚咽が治らず、ソフィアはしゃくりあげながらクィレルを見た。クィレルは眉を下げ、心配そうに表情を歪めている。ソフィアの両手を、そっと火傷に触れないように持ち上げて慎重に見つめている。
「何があったんだ、これはただの火傷?」
「ま、魔法薬学の、じゅ、授業で……い、医務室に、い、行こうとしてて」
「セブルスか」クィレルが憎々しげに言った。「君をこのまま、一人で行けと?」
クィレルの声はすごく冷たかった。怒っていることが伝わってくる、鋭さを含んでいた。
「そ、それよりも、に、に、二十点も! げ、減点、さ、されちゃった! わ、私のせいで!」
ソフィアは叫ぶようにしゃくりあげた。クィレルは静かに相槌を打っている。ソフィアの声ばかり痙攣していて、いつもとまるで真逆だった。
prev / next