▼ 密かに慕う者4
「パパのことじゃなくて!」
ソフィアの否定に、クィレルは戸惑っているようだった。それはそうだ。ソフィアが自分の父親と言ったばかりなのだから。ソフィアは諦めて(開き直ったともいう)クィレルに誰にも言わないでと前置きした。
「えっと、もう一人父親がいるんです。私、実は養子だから。マグル生まれってことを隠すために秘密にしてるけど、本当はアルバータ・マッキノンっていう人の娘で……」
クィレルはさらに驚いたようだったが、ソフィアの話に真剣に耳を傾けてくれた。ソフィアは嬉しくなって、両親の話も持ち出した。純血主義もいる世で生き辛くならないよう、ソフィアはアスター家の実の娘として振る舞っていたが、クィレルなら気にしないだろうと謎の信頼もあった。ホグワーツの先生が、生徒の出自をうっかり人に漏らすこともないはずだ。
「その話を、他の誰かにしたかな?」
クィレルの聞きなれた吃音が、またしても無かった。眼差しは真剣そのもので、ソフィアは自然と背筋が伸びた。褒めて欲しさに、軽い自慢話をしたつもりだったのに、クィレルの反応は予想外だった。目を右から左へとフラフラと泳がす。
「誰にも言ってないです」
「声のボリュームを下げて。起きてしまう」
クィレルが、小さく鋭い声で注意した。
「え?」ソフィアは聞き返した。
「レ、レクシーが起きてしまうでしょう。さ、最近、ね、眠れていないようだったので」
クィレルは挙動不審に言った。クィレルが変なことは最初から変わりないので、ソフィアは首をかしげながらも頷いた。
「い、いいですか。その話は誰にも言ってはい、いけないですよ。う、占いも、りょ、両親の話も」
クィレルはゆっくりと言った。言いふらしていないし、クィレルに言ったのが初めてなのにとソフィアは不満に思ったが、クィレルが予想外に気遣いが滲んだ優しい色をした瞳でこちらを見ていたので素直にうなずいた。
「分かりました。先生にもこの話はもうしちゃダメ?」
「そ、そういえば、ま、マグル学で質問したいことがあるとも言ってなかったかな?」
クィレルは答える代わりに話を変えた。やはりもうこの話はしてはいけないらしい。ソフィアは、慌てて頷いた。折角仲良くなったのに、機嫌を損ねたくない。
「映画って、動く写真ではないんですか?」
「ね、何枚もの写真を、流してるんです」
クィレルはメモ帳を取ってくると、端に向かって杖をむけた。丸が描かれており、次のページを捲ると同じような丸が描いてある。何がしたいのか分からず首を傾げていると、クィレルは少し楽しそうに笑った。
「な、何も変わらないように、み、見えるでしょう? でも、こうすることで……」
クィレルが浮遊の呪文をかけてメモ帳を浮かして、さらに杖を振った。メモ帳がパラパラと勢いよくページが捲れていく。
ただの綺麗な丸は、どうやら月の満ち欠けを表していたらしい。段々と面積を減らし、ゆくゆくは戻っていく。一枚一枚の絵はそのままなのに、変化しているように見えることにソフィアは驚いた。
渡してもらったメモ帳を突いてみても、全く変化はない。ただの紙に描かれた円形である。ソフィアは瞳を輝かせてクィレルを見た。
「なら、マグルの映画って、沢山の写真で出来てるんですか?」
「げ、厳密には違うが、そう考えて問題ない」
「でも、写真の中の人が勝手に動いてしまうでしょう?」
「ま、マグルの写真はう、動かないんだよ」
「そんなことは、あり得ないでしょう!」
ソフィアは驚いて素っ頓狂な声を上げた。写真の中の人が動かないだなんて、聞いたこともなかった。ソフィアは信じられない思いで、クィレルに自分なりの拙い考えを伝えた。動けないふりをしているだけなんて、耐えられるわけがないとソフィアは思っていて、そもそも動かないだなんて発想は全くなかった。
クィレルがソフィアを納得させるのに、就寝時間ギリギリまでかかってしまった。我にかえり、図々しく滞在してしまったことを申し訳なさそうに謝るソフィアに、クィレルは嫌そうな顔をせず、「休み中に見てみては」と優しく微笑んで締めくくった。
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