▼ ホグズミード村5
「じゃあ、こうしよう。君はクリスマス休暇中俺たちの寮に泊まればいい」
「え?」
ソフィアはフレッドが何を言ったのか理解できず、目を瞬いた。フレッドは得意げに、ニヤリと笑った。
「いいか? 休暇中、寮には俺たち家族とハリーしかいない。どこに遠慮する理由があるっていうんだ? それが嫌ならハッフルパフに入れてくれよ、他の寮に入るなんて最高にクールだ」
「ハッフルパフはダメ、絶対にダメよ」
ソフィアは慌てて首を振った。ハッフルパフは他の寮と違って合言葉がなく、ハッフルパフ・リズムで樽を叩きさえすればいい。それを他の寮の生徒に(特にウィーズリーの双子に)教えるなんてもっての他だ。ある日大量のクソ爆弾が仕込まれでもしたら、ソフィアは寮生みんなから怒られるだろう。
「なら決まりだ、いいだろ?」
キラキラ目を輝かせたフレッドに、ソフィアも思わずニヤリと笑った。他の寮に潜入するなんてスリル満点、それに楽しそうじゃないか。どんなに取り繕っても、ソフィアは小さい頃からずっと双子と一緒だったので、多大に影響を受けていた。多少校則を破るくらい、何もソフィアの良心を咎めない。
三本の箒を出ると、次はどこ行くかとフレッドが聞くのでにんまりと笑って「マダム・パディフットの店はどう?」と言った。フレッドは聞いたことないなと逡巡した後頷いた。バタービール飲んだばかりなのに喫茶店かと言いたげな呆れ顔だ。
脇道に入り、小さな店が見えて来た。上級生の話が正しければ間違いなく此処だ。フレッドの反応が楽しみで、ソフィアは出来る限り平然とした様子で「此処よ」と指差した。
窓から見える範囲だけでも店内は紙吹雪やピンク色の家具雑貨、お花の飾りつけなど可愛らしい雰囲気だった。店内に入っていないのに、むせかえるような甘ったるい香りが鼻をつくような気がする。フレッドは珍しく室内を覗き見たまま固まり、「マジかよ」と彼に似合わないか細い声で呟いた。店内から視線を移し、今は絶望したような表情でソフィアを見ている。店内は、六年生とか七年生の上級生達カップルばかりで、全員が紅茶よりも目の前の相手にキスすることに夢中だった。
ソフィアは、フレッドの様子を見て、体が震えた。こんなにフレッドを動揺させたことが未だかつてあっただろうか。腹の底から溢れ出る衝動に耐えきれず、雪が積もった道にも関わらず地面に膝をついて笑った。フレッドはソフィアを見てショックから回復したらしい、目を眇めてソフィアを見た。人を揶揄うことはあっても、フレッドは揶揄われる事には慣れていない。
「あーあ、満席みたいね。カフェで貴方と手を繋ぎたかったのに」
わざとらしくそう言って笑ったソフィアにフレッドは嫌な笑顔を浮かべポケットに手を入れた。双子がポケットに手を入れて笑うなんて、グリムと同じくらい不吉の象徴だ。嫌な予感がしたソフィアは笑いながら走り出す。ヒィヒィと笑いながら走るものだから、膝までがぐがくと笑い出しそうで、まともな速度で走れない。背後でフレッドも走り出したのが、足音からわかった。
ホグズミードでの奇妙な追いかけっこに、四方から視線が突き刺さるが気にしている暇はない。ソフィアの近くでクソ爆弾が爆発したのだから、ソフィアは笑いを引っ込め逃げることだけ考えた。臭いのせいで、笑いどころか涙が出そうだ。ホグワーツに戻る途中の小道で森の方へと向かう。
「きゃあ!」
雪道を走るのは危険だった。ソフィアはみごとに雪に足を取られて転んだ。顔から思いっきり雪にダイブする形で倒れれば、程なくして後ろから笑い声が上がる。
「箒に乗ってなくても鈍臭いな」
「笑ってないで助けてよ」
ソフィアは濡れることも寒さも気にせず、ゴロンと寝返りを打った。さっきのは許そうじゃないかと勿体振りながら、フレッドはソフィアに向けて手を差し伸べる。起き上がった後も一向に離されない手に、ソフィアはフレッドの手と顔を交互に見た。
「また転ばれたら俺が恥ずかしいだろ?」
悪戯っぽく笑うフレッドの顔が少し赤くて、ソフィアも思わず黙りこくった。急にフレッドが、頭から爪先まで完璧なハンサムに思えてきた。ソフィアはこれまでの人生で、これほど手袋をしていて良かったと思ったことはない。何故か緊張して、手が汗ばんでいる。
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