▼ みぞの鏡5
ソフィアは「でも」や「だって」と言うばかりで、ごにょごにょと誰にも聞き取れないような音量で何か言おうとしてはやめるを繰り返している。
「ソフィアは愛してくれる親を四人もいるなんて幸せじゃないか。区別なんてするなよ」
フレッドの言葉に共感したのか、それとも思いのほか優しい声音だったからか。ソフィアはフレッドの話を聞いて、堰を切ったように涙を流した。ソフィアにも何故こんなに涙があふれてくるのか、正確な理由は分かりそうもなかった。
「最初は、血が繋がっていないことが嫌だったの。バレたらいけないって言われたことも、怖かった」
ソフィアがしゃくりあげながら紡ぐ言葉を、フレッドは静かに頷いて先を促した。
「本当の子供ができたら邪魔になるんじゃないかと思うと怖かった。ママとパパが本当の親だったらいいのにって。アスター家の実の子供として生まれれば、そもそも両親が殺されなければ、こんなに悩むことはなかったのにってずっと思ってたわ」
止まらない涙を指で拭ったフレッドは、きりがないなと更に溢れ出る涙を見て少し笑った。ソフィアは笑うフレッドに釣られて微笑む。顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
「俺が知ってるクレアおばさんとドウェインおじさんは、そんなことする様には見えないぜ。それとも、ソフィアから見た二人は違うのか?」
「ううん、私を邪魔になんて思わないわ。でも……鏡の中は、たらればが詰まった理想の世界だったの。毎日通う事をやめられなくて、気が付いたらずっと鏡のことばかり考えていて――」
尚も言い募ろうとするソフィアに、フレッドは抱きしめる力を一層強めた。
「頭で分かってても、不安になることは仕方ないさ。それに、望み通りの世界が広がってれば、そりゃ夢中にもなるよな」
まるで赤子をあやすように背中をポンポンと叩くフレッドに、ソフィアはしがみついた。否定せず、受け止めてくれる事がソフィアにとって有り難かった。
「でもさ、周りをもっと見てくれよ。クレアおばさんたちはお前のことを愛してる。それだけじゃない。俺たちも、ハッフルパフの連中も、皆ソフィアが大好きなんだ。シャフィクなんて心配して、俺らに気にかけてやってくれって頼んできたんだぞ」
フレッドは「一方通行じゃ寂しいだろ」と付け足して、いたずらした時の様な笑みを浮かべる。ソフィアもフレッドに釣られて笑い、「そうよね」と少し反省した様子で静かに呟いた。
「とりあえず、鏡を見に来るのはやめようぜ」
「がんばるわ」
ソフィアの声が奇妙にワントーン上がった。
「怪しいな」
「だって、すぐにはやめられないかも」
「じゃあ放課後は毎日俺たちの悪戯に付き合ってくれよ。鏡なんて考える暇無くなるぞ」
フレッドは立ち上がり、ソフィアに手を差し出した。ソフィアを引っ張り起こすと、ジョージがやって来てソフィアの杖を返す。
「よし、話は決まりだな。早速、スネイプの部屋にクソ爆弾を仕掛ける作戦を練ろうぜ」
忙しくなるぞと笑うジョージに、「そいつは名案だ!」とフレッドは食いついた。在庫がどれだけあったか話し始める双子に置いてかれ、ソフィアは足を止めた。立ち止まったソフィアを双子が振り返る。
「私! 仕掛けるなら、スネイプの授業が終わった後に質問して足止めするわ!」
「さすが俺らの幼馴染だ!」
フレッドとジョージの声が重なる。笑いながらソフィアたちは教室を出た。鏡を見て感じた幸せと比べられないほど、温かな感情がソフィアを包んだ。ぽかぽかとした心地よさが、指先に至るまで身体中に行き渡るような気がした。まるで、真冬に暖炉の前でエッグノックを飲んだ時のような温かさだった。
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