immature love | ナノ


▼ みぞの鏡2

 ソフィアのすぐ後ろに立っているのは、黒髪の女性だ。女性はまるで宝物に触れるように、鏡の中のソフィアを抱きしめた。ソフィアが思わず腕が回されているはずの自分の首元へ手をやるが、当然そこには何もない。鏡の中では、女性を諌めるように男の人が女性の腕を叩いた。とても精悍で凛々しい顔立ちの男性だった。金髪と青みが強い深い緑の瞳、この特徴的な色彩はソフィアの瞳と同じものだった。

 マーリン・マッキノンとアルバータ・マッキノン、ソフィアと血の繋がった肉親で、今この鏡に映るはずのない人たちだ。二人ともマグル生まれだったせいで、ソフィアが赤ん坊の頃に死喰い人に殺された。

「パパ、ママ……」

 溢れた声が、静かな教室に響く。ソフィアはまぶたに力を入れた。少しでも気を抜けば、涙がこぼれそうだった。鏡に一歩、さらに一歩近づく。二人は微笑んでいて、ソフィアを愛おしそうに見つめていた。鏡の中のソフィアも幸せそうな顔で笑っている。

 ソフィアは鏡から視線を外し、自身の髪を一束掴んで見つめた。両親と揃いのブロンドの髪だが、小さい頃からずっと染めているせいで流石に毛先が傷んでいる。鏡の中の自分のような黒髪は暫く見ていない。純血主義もいる世で生き辛くならないよう、ソフィアはアスター家の実の娘として振る舞う必要があり、髪を染めなくてはならなかった。

 小さいソフィアを置いて逝ってしまった人たちだ。顔も声も何一つ覚えていない二人ではなく、クレアとドウェインの実の子供に生まれたかったと拗ねていた事さえあった。もしくは、この二人が生きていたらどんな生活だったのだろうかと夢想したことも度々あった。

 ソフィアは地面に座りこみ、鏡をじっと見つめた。鏡の中では、クレアとドウェインが現れ、ソフィアたち三人と楽しそうに笑い合っている。クレアの腕の中には小さな子供がいて、その子も彼らと同じブロンドヘアだ。鏡の中の六人は楽しそうに笑い合っている。ソフィアの心の奥底を見透かされたようだった。考えても仕方がないと捨てた妄想が、鏡の中で現実となっていた。

 ソフィアは寮に帰って、トランクから一冊の古ぼけたアルバムを引っ張り出した。アルバムの中には、ウィーズリー家で誕生日をお祝いしてもらった7才の誕生日の時の写真や、初めて子供用の箒に乗った写真(墜落する5秒前に撮ったものだ。)、両親と一緒に旅行した時の写真など沢山の思い出が詰まっている。その中で、クレアとドウェインと三人で撮った写真を入れたポケットにソフィアは指を入れた。裏側にもう一枚ある。

 取り出した写真は、ボロボロで年季が入っている。写真の中には小さな集団がいて、何人かは楽しそうにグラスを掲げて乾杯している。その中には、マッド-アイやダンブルドアまでいる(白髪ではなく、幾らか若い姿だ。)その近くには、ついさっき鏡の中で見たマーリンとアルバータの姿もあった。この写真を撮ったすぐ後に二人は殺されたらしい。この写真は幼い頃にマッド-アイがくれた写真で、ソフィアは隠すようにアルバムの奥底にしまっていた。

 写真を見ていると、もしも彼らが殺されていなければという妄想がソフィアの中でどんどんと大きくなるのを感じた。早く鏡を見に行きたい。ソフィアは写真を枕の下に入れて、早く明日になってほしいと心の中で唱えながら、布団をかぶった。

 毎日、ソフィアはこの教室を訪れた。鏡の中のソフィアは常に幸せそうに微笑んでいる。アルバータは愛おしそうにソフィアの頭を撫でてくれ、マーリンは優しく髪を梳いてくれる。鏡の中のソフィアは、クレアとドウェインの息子をよく可愛がっていた。

「ごめんなさい、ちょっと寄りたい所があるから」

 夕食を食べ終えたソフィアが席を立ちながら言うと、レティやマルタが顔をしかめた。

「どこに行くの?」レティが言った。「毎日どこかに行ってるわよね? 顔色も悪いし、部屋に戻った方がいいんじゃないかしら」

「うーん……いずれ言うわ。でも、どうしても行かないと」

 両親と鏡の中で会っているなんて、なんて説明すればいいのかソフィアには分からなかった。この鏡を説明する場合、ソフィアがアスター家の実の子供ではないことから実の両親が死喰い人に殺されたことまで話さなくてはいけなくなる。話したところで二人とも反応に困るだろうとソフィアは思った。

 ソフィアの返答に、レティは追及してくることはなく「部屋で待ってるから、遅くなる前に帰ってきてよ」と言って眉を下げた。踏み込んでこないことが有難いとソフィアは薄らと笑みを浮かべて二人に頷いた。荷物をまとめて、大広間を後にする。早くパパとママに会いたかった。


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