immature love | ナノ


▼ みぞの鏡1

 放課後、ソフィアは質問をしにクィレルの元を訪れていた。引きつった笑みを浮かべて、声を震わすクィレルは誰が見ても頼りない。しかし、教え方は非常にわかりやすかった。たとえニンニク臭くても、クィレルに質問してよかったとソフィアは思った。

「有難う御座いました」ソフィアはメモから視線を上げて、礼を言った。

「い、いえ。と、と、当然のことです。そ、そういえば、クィディッチで勝てて、よ、良かったですね」

 クィレルが会話を続けようとしたことにソフィアは驚いた。間を空けて、ソフィアは首を何回も縦に振る。ソフィアには仲の良い先生なんていなかったから、クィレルと仲良くなれたような気がして嬉しくなった。以前は話しかけても歓迎とは言えない雰囲気だったから尚更だ。

「ハッフルパフが勝ったのは本当に久しぶりだったんです。先生が休職されてる間も負け続きで……だから今回は凄く嬉しかったです。それに、私の仲のいい友達のデビュー戦でもありましたから。先生も試合を観られたんですか?」

 ソフィアの食い気味な返答に、クィレルは早々に話を振ったことを後悔しているような顔をした。(クィレルの顔が引き攣ってるのはいつもの事なので、本当に後悔した表情なのかソフィアは確信が持てなかった。)慌てて、話を変えることにした。

「そういえば、先生はグリーンイグアナを以前から飼ってらしたんですか?」

「こ、こ、この子は、レクシーと言う名前で、きょ、教授就任祝いに、は、母が贈ってくれたんですよ」

 クィレルの足元まで、イグアナのレクシーがのそのそと歩いてきた。クィレルがイグアナを撫でる姿は、いくらか顔の痙攣も治っているように見える。ソフィアは「素敵な贈り物ですね」とはにかんだ。

 ソフィアがレクシーに恐る恐る手を伸ばすと、撫でることを許可するようにレクシーは目を瞑った。ザラザラとした肌と人のような体温に、ソフィアは口元を緩める。

「今日はありがとうございました、また質問しにきてもいいですか?」

 ソフィアの問いかけに、クィレルは今度こそ微笑んで頷いた。職員室を出たソフィアが廊下を歩いていると、扉が少しだけ開いた教室があった。いつもならそんな教室は無視していただろう。ただ、何かに強烈に惹かれたような感覚があり、ソフィアは思わず扉を開いた。

 教室は、昔使われていたようだが、最近人が入った形跡はなかった。ゴミ箱さえ逆さまにして置いてある。壁際に積まれた机と椅子の影がまるで黒く大きな化け物のように見えた。空気も少し澱んでいて、埃っぽい。ソフィアは肺に溜まった空気を吐き出すように、少し咳をした。

 部屋には、中央には存在感を放つ鏡があった。天井まで届くような背の高い、立派なものだ。金の装飾が施された枠には、二本の鉤爪状の脚がついている。枠の上には文字が彫られていた。

「すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ」

 文の意味が理解できずに、もっとよく見てみようと鏡の前に立つ。瞬間、ソフィアは驚きで腰を抜かしそうになった。本当に驚いたときは声も出ないらしい。心臓の鼓動がドクンドクンと大きな音を立てて耳に響く。ソフィアは驚愕で目を見開き、魅入られたように鏡を見つめた。

 鏡の中のソフィアは栗色に近いブロンドではなく、黒髪だった。自分の髪をちらりと持ち上げると、現実の自分の髪色とソフィアの髪色が異なることがはっきり分かる。
 ソフィアは鏡からギリギリまで視線を離さず、勢いよく振り返った。そこには誰もおらず、机や椅子があるのみだ。もう一度、恐る恐る鏡を見た。鏡には、ソフィア以外にも人がいた。鏡に映るソフィアは呆然としていて、顔はわずかに青ざめている。じんわりと視界が滲み、こらえるのが精一杯だった。


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