immature love | ナノ


▼ ハロウィーン1

 ソフィアは胸いっぱいに甘ったるい匂いを吸い込みながら目を覚ました。パンプキンパイの香りが部屋中に充満している。ハロウィーンだ。ソフィアはこの日が大好きだった。毎年ハロウィーンになると、パイを焼く美味しそうな匂いがこの寮中に広がる。身体中に糖分を行き渡らせるように、ソフィアはベッドの中で大きく深呼吸をした。

「トリックオアトリート、ソフィア」

 マルタがベッドに乗り上げて、ソフィアの顔を覗き込んだ。にやにやと楽しそうに笑う。マルタなんてハロウィンが楽しくて仕方ないらしい。挨拶代わりにお菓子を求めてくるのだから。

「おはよう、トリックオアトリート」

 レティも楽しそうにマルタに続いた。ソフィアはこの朝一番の攻撃をちゃんと防がないと酷い目にあうことを身を持って知っている。去年お菓子がなかった時は、ふくろう通信で取り寄せたらしいイタズラグッズを浴びる羽目になった。

「はい! 勿論あるわよ」

 ソフィアが差し出したものに二人は揃って顔を歪めた。ゴギブリゴソゴソ豆板は名前の通りゴキブリが原材料だ。貰って嬉しくないお菓子のトップに君臨している。喜ばれないことは知ってる上でのチョイスだ。グロテスクなこのお菓子は、軽い嫌がらせにぴったりだとソフィアは思った。

「トリートって言ったのよ、私」レティが顔を歪めながら言った。

「そうよ、ちゃんとしたお菓子でしょ?」

 ソフィアはウインクした。得意げなソフィアの返答に気を悪くしたのか、レティはげんなりしたと言いながら包装を解かずにそのまま自分のベッドに投げると、制服に着替え始めてしまった。マルタは最初の嫌そうな顔が嘘のように、ゴギブリゴソゴソ豆板をばりばりと食べている。有難うとソフィアにお礼を言った拍子に、マルタの口から足のような部分がはみ出した。ソフィアは胃液が逆流しそうになるのを耐えて、にっこりと笑った。怖いもの知らずのフレッドとジョージでさえ食べないのに、平然と食べるマルタに薄ら寒さを感じる。

 無事にソフィアもマルタとレティからお菓子をもらった。(申し訳ないことに、彼女らがくれたお菓子はおいしく見た目も素敵なものだった。)

 談話室に行けば、いつになくウンザリした様子のギリアンと苦笑いしているセドリックがいた。ギリアンはぐったりとした様子で、肘掛椅子に深く腰掛けている。背中で座っていると喩えてもおかしくない姿勢だ。

「お早う二人とも……ギリアン、体調はどう?」

「部屋中甘ったるくて吐きそう」ギリアンが呻く。

「毎年のことだけど大変ね」レティが肩をすくめた。

 トリックオアトリートの挨拶もなしにお菓子を交換していく。ギリアンからはショック・オー・チョコ、セドリックからはフィフィフィズビーを貰った。ソフィアがお返しに黒コショウキャンディーをあげたのだから、女子からは非難轟々だ。

「だって、二人はあげなくても悪戯なんてしてこないもの」

 そう言い切ったソフィアは、「ゴキブリゴソゴソ豆板だって、ハニーデュークスに売っているんだかられっきとしたお菓子でしょ」と付け足して笑った。

「ほら、これで機嫌治して」

 セドリックがフィフィフィズビーをレティとマルタに渡し、二人もけろりと機嫌を直した。五人はいつもより足取り軽く(一人はいつもより足取りが重く)寮の外に出た。廊下は一層甘ったるい香りが充満していて、他の生徒もどことなく浮き足立っていた。


prev / next

[ back to top ]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -